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* 「僕、あの子が欲しいな」 あれは、とある初夏の事。 夜の帷と共に着飾った色とりどりの人々が、煌々と照らされた広いホールの中、一ヶ所だけに関心を注いだ。 凛と響いた声の持ち主に見覚えはなく、ただ、会場の全ての目が私に向いている事が恐ろしかった。 小刻みに震え出す体は逃げ惑って、結局どこへも足を動かせずに終わり、その全てを観察された上で、また鈴を転がす声が鼓膜に伝わる。 「あの子をください。お父様」 ピンと伸ばされた人差し指が真っ直ぐ自分に向けられて、水晶を思わせるほど色素の薄い瞳が興味深そうに私を眺めている。 ショーケースに陳列されたぬいぐるみでも欲しがる言い方はどこまでも無邪気で、悪気が一切ない事が余計に不快だった。 なに、あの子。可愛い顔して非常識。 ——父は中小企業の社長。母は名家の傍流出身。 詰まる所、政略に等しい婚姻を結んだ2人の間に生まれた私は、同じく駒になる人生を運命付けられていた。 駒は駒らしく適度な知性と経験を身に付けるべく、本家主催のパーティに呼ばれたのは8歳の頃。 礼儀らしい礼儀も知らないまま放り出された初めての社交界で、毛色の違う私は物珍しく映ったのか、に彼の目に留まったらしい。
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