1/1
前へ
/7ページ
次へ

 山岳地帯に建設された、アルバラ共和国政府空軍パルミラ・サーペント基地は、自然の要塞(ようさい)である。  月明りに照らされて、影のように立つ男は耳を澄まして空を見上げていた。   夕食で(にぎ)わう食堂からF-35BライトニングIIのアフターバーナーが、カミーロ・ホルダ・カムスの直観を刺激したのだ。  高速で行き来する流れ星のような2つの光を追う視線が、一瞬たりとも見逃すまいと眉間(みけん)縦皺(たてじわ)を刻んでいた。  一瞬近づいた後、生気を失ったようにこちらへと戻ってくる光。  どうやら勝負は決した様だった。  影のような機影は、中東ではよく見かけるクフィルだった。  コックピットから姿を現したのは、20歳の若きパイロット、クリストファー・キンバリーである。 「夜のランデヴーは楽しめたかい」  片方の口角を上げ、シニカルな笑いを浮かべたカムスに彼は盛大なため息をついて見せた。 「カムス大尉、もしもですよ。  軍事訓練も受けていない、ほとんど民間人と変わらないようなパイロットに、警報も鳴らさず(かぶ)されていたらどう思いますか」  彼はこの歳にして歴戦の強者たちと肩を並べるほどの技術を備えていた。  比類ない戦闘能力を支えているのは、目を見張るばかりの集中力と貪欲(どんよく)なまでに勝利への渇望を持ち続ける、いわば若々しい精神だった。  それが今は見る影もないほど打ちのめされていた。 「まあ、あれだ ───」  カムスは星空を見上げて言葉を選んだ。 「死神の鎌は、人智を超えている。  どんなに精神を鍛え、技術を磨いても、死ぬときは死ぬということさ」  ライトニングⅡは滑走路を使わずに、砂を巻き上げて硬いコンクリートの地面に降り立った。  前の座席にはジェナー、そして後ろには見ない顔の娘がちょこんと座っていた。 「さあ、ガラク、キンバリーに言っておやり」  半分冗談のつもりでガラクを促したのだが、彼女は同い年のキンバリーと正面から向き合った。  砂漠の夜は極端に冷え込む。  透き通った空気が肌を刺すように締め付けた。 「あの ───」  はにかむように顔を下に向け、陰になった口から言葉を絞り出す。 「勝ったとか、そういうのじゃないと思っています」  キンバリーは口元を真一文字にギュッと結び、ヘルメットを荒っぽく肩に担いで背を向けると、ハンガーへと歩いて行ってしまった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加