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聖書の物語を浮き彫りにした重厚な扉の向こうからは、湿った空気が微かに流れてくる。
薄暗い通路の先にあるこの扉の前に、男が一人逡巡していた。
酸化した銅のような色と、いぶし銀がまだらになったような質感の中央に、ドアノブだけが擦れて金属色を鮮やかにしていた。
己の両手を胸の前で擦り合わせ、瞑目したライラ・ビント・アブドゥラは大きく肩を開き、息を吸い込んだ。
わずかに消毒薬のような鼻を突く臭いと、血の匂いを感じた。
ここでは、毎日無数の人間が天に召されるのだから、血など見飽きているはずだが、臭いがはっきり感じられると気分が悪くなった。
「ライラか ───」
くぐもった声が向こうから聞こえた。
少し咽たので、兄に気配を悟られたのだ。
一つ息をついてから、両手でむんずと取っ手を掴むと勢いよく開け放つ。
バーンと大きな音を響かせた室内は、意外なほど明るかった。
「やあ、兄さん」
ファティマ・ビント・アブドゥラは、赤い粗末な布の上に足を組んで座り、ちんまりと両手を足に乗せてこちらをじっと見ていた。
小柄な体に、小さな瞳と中途半端に巻いたターバンが、周囲の空気と溶け込んで柔らかく包み込むような親しみを感じさせた。
「で、今日は何の用かな」
表情はまったくなく、人形と話しているような違和感を感じながら、ライラは床に無造作に敷かれたもう一枚の布に座って壁の方へ視線を這わせた。
「また、命を粗末にするんじゃないかと思ってね」
少し眉根を寄せた兄は、すかさず言葉を被せてきた。
「粗末になんぞするものか。
お告げがあれば、いつでも来世へ行く準備をしておるのだ。
大義のため、宇宙の秩序のために命を使うものだろう」
弟は軽く目を伏せて言った。
「アルバラは変わる。
一度消えて、新しい国になるのだ。
だから、兄さん、静かに成り行きを見守るべきだ」
やれやれ、と肩をすくめて兄が言葉を継いだ。
「最新の兵器で人を殺しまくるよそ者に、踏みにじられるままにするのか」
今度は弟が、呆気にとられた顔をした。
「俺たちだって、この土地から生まれた人間ではないはずだ。
守るものなど初めからないはずだぞ」
2人の声は、地の底で虚しく反響するのだった。
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