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 分解整備を始めると、スーパートムキャットは並みの戦闘機より遥かに時間がかかる。  スパナを握りしめたまま、軍手の手首で汗を拭うホワイトに、ハーティが下から声をかけた。 「お前さん、少し話をせんか」  赤、黄、青など色分けされたケーブル類と金属の箱。  砂を噛んで、払い落してもまた吸い込む。  ほとんどが砂を払う作業になる整備は、虚しく甲斐(かい)のない作業である。  目を離すと、どこをいじっていたか分からなくなりそうだが、朝飯も昼飯も食べずに続けた体には、腹の空洞が(こた)えていた。 「何だい、食い物でもあるのかい」  携帯用の固形食を投げて渡した爺さんは、よっこらしょと箱の一つに腰かけて手を組んだ。 「実はな ───」  言い淀んで、タブレット端末を差し出すと、名簿のような文書を指でなぞる。 「2日前に、イタリアで起きたジャンボ機墜落事故を知っているかね」 「いいや、シャバのニュースなんざ、見ている時間はないさ」 「だろうな。  そいつは公開された乗客名簿なんだが、アメリカのロスからの便でな。  確かお前さんも ───」  名簿の中に「キャサリン・ホワイト」の名を見つけて凍りついた。  年齢もピタリと一致していた。  頬の力が抜け、微かに肩を震わせる彼の目は画面に吸い付けられたように動かない。 「いや、良くある名前だから同姓同名の他人かも知れんがね。  万が一と思って、親戚じゃないかと ───」  顔を上げ、髪を指で掻きむしりながら大声で笑いだした。  ギョッとしたハーティは、タブレットを受け取ると箱に腰かけてホワイトの背中を眺めていた。 「そうさ、赤の他人かも知れないさ。  同姓同名で、同い年って可能性は充分あるさ」  次第に笑い声が張りを失い、乾いた笑いに変わって静まっていく。 「そうだな、取り越し苦労だったな。  いらん心配かけたな。  昨日、お前さんが家族の話などするから、つい気になっただけだ。  気にしなさんな」  タブレットをヒラヒラさせて、腰を拳でトントンと叩きながら老爺(ろうや)は小さな背中を見せて出て行った。  ホワイトはドサリと床に倒れ込み、あお向けになって天井を見上げていた。  その視線は遥か彼方の虚空へ飛ばし、(ほう)けたように工具を投げ出していつまでも大の字になっていたのだった。
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