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一件目の事件が起きた売春宿に到着する。
薄暗く湿気に満ちた建物中へと入っていく。
「また。あんたかい。今度は何の用だい」
ふてくされた表情を漂わせながら話しかけてくる。ここの経営者の女性は相変わらずだ。
「貴方みたいな人でも教会に行くのかなと思ってね」
「教会?そんな所に行くわけがないだろう。神様なんて信じちゃいないよ」
「そうですか。何処で讃美歌を覚えました?」
この前の調査では気が付かなかったが、この女が歌っていた下手糞な歌は讃美歌だ。
教会に行った時、子供達が歌っているのを聞いて、気が付いたのだ。
「どこでって……」
「客が歌っていたのを聞いて覚えた。違うか」
言葉が詰まったので、強気に出る。
「その客は事件が起きた時に、ここを利用していた。違うか」
女は気まずそうな表情を浮かべながら頷いた。
「讃美歌を歌っていたのは、この男じゃないのか」
黒い聖歌隊の服を着た男の横顔が写っている写真を見せた。
俺があの時撮った写真は後ろ姿だけじゃない。幾つかの角度から撮っていた。その中に、偶然、横顔の写った写真があったと言う訳だ。
「この男だよ。良い男だったし、何よりもあんな美しい歌声は生まれて初めて聞いたよ」
「歌が終わって、暫く経ってから事件の起きた部屋の確認に行った訳だな」
「その通りさ」
「何故、俺が最初に調査に来た時にそれを言わなかった?」
「聞かれなかったからさ。それだけだよ」
そう言う事か。
あの時、この女が歌っていた下手糞な歌に、何一つ疑問を持たなかった俺が悪かったと言う事か。
うちの社員達もこの写真の男は、除外したほどだ。
教会関係者を怪しむ者などいない。
常識に捉われた判断が、勝手にこの男を事件の枠外に動かしてしまったのだ。
俺は、この後も、事件の起こった売春宿の経営者や隣の部屋を利用していた娼婦にも聞いて回った。
全てではなかったが、殆どの者が讃美歌を聞いたと言った。
天使のように綺麗で美しい歌声だったと、聞いた人達はみな口を揃えて言っていたし、写真を見せたら、皆、頷いていた。人によっては、この場にそぐわない素敵な青年だったと言っていた。
次は、教会に乗り込む。
写真の男がルーセントであり、あの教会で聖歌隊にいた事も既に調査済みだ。
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