事件

9/12
前へ
/29ページ
次へ
 被害者のカルローナが利用していた宿の経営者に話を聞くことにした。既に会社の人間が話を聞いていると思うが、改めて聞いてみるのも悪くないだろう。新たな発見があるかもしれない。  悲壮感の漂う空気に包まれた建物の中へと入っていく。受付のカウンターに一人の中年女性が立っていた。 「俺はローウイック。カルローナの事で聞きたいことがある」  記者証を見せて話しかける。 「あの事件のせいで色々な人が来るね。うんざりだよ」 「申し訳ない。これで少しでも事件について教えて貰えると助かる」  俺はこの宿の一泊の費用を女性に支払った。 「分かったよ。聞きたいことはなんだい」  少し機嫌が良くなったみたいだ。 「カルローナはどんな娘だった」 「良い娘だったよ。上納金も文句を言わず真面目に収めてくれた。稼ぎの良い娘だったからね」 「稼ぎが良かった。人気があったと言う事で良いかな。他の娘に嫌われているとかなかったかな」 「そのとおり。娼婦仲間では評判が悪かった。まっ。客を取られた妬みだろうけどね」 「娼婦仲間でのトラブルが多かった?」 「娼婦仲間じゃトラブルなんて日常茶飯事だよ。私の客を取りやがって、なんて良くある話さ」 「ところで、カルローナは仕事場として他の宿を利用していたことは」 「ここだけと言う事はないだろうね。殆どの娼婦は何か所も利用しているよ」 「客を取られた恨みはかなり根深いのか」 「そこは分からないね。人によってと言う事になるかな」 「人によってとは」 「人によって、客を取られた事に関して、どう思うかってことさ。人によって、恨みの度合いは違うだろう」  女性は厭らしい笑みを浮かべる。 「そうだな。人によって受け止め方は違うな。些細な事でも、執念深く捉えてしまう人もいる」 「そう言う事。お役に立った」 「今後の参考にさせて頂きます。ところでカルローナと親しかった者がいたら教えてもらえないかな」 「娼婦仲間で親しくしているなんてないね。彼女の素性を知りたいなら、本人にきくしかないね」 「分かったよ」  俺はそう言い残して、ここを去ることにした。  恨みの線か……。  あり得ない訳ではないが……。  明日の新聞には惨殺された娼婦の写真が載る。記事は現場を抑えた記者が書いた。  警察の報道規制がかかるかどうか分からないが……。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加