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事件
深い霧に包まれる街。ガス灯の灯が霞むことにより、不思議で幻想的な夜が演出される。
何時の間にか街は夜になっても眠る事を忘れてしまった。石造りの立派な建物が整然と建ち並ぶ中を一人歩き続ける。
冷え切った石造りの通路を硬い革靴で踏みしめる。黒いコートを着込んではいるが、冷たい空気は少しの風で、鋭利な刃物ように身体に突き刺さってくるのだ。
俺の名前はローウイック。新聞記者をやっている。事件を求めて彷徨い歩くさまは、常に腹をすかして、餌を探している野良犬のようなものだ。少なくとも世間の目にはそう映っているだろう。
この通りを進んで行くと昼間でも薄暗くて、重苦しい空気の漂う嫌な感じの場所に到着する。工場が吐き出す煤煙の混じった、焦げたような感じの空気を吸いながら、産業革命に見捨てられたスラム街へと歩みを進めるのだ。
新聞記事になるような事件なんて、そう簡単に手には入らない。自分の力で見つけ出し、納得がいくまで調べ上がる。事件を深く抉ったところから流れ出る膿を、掬い取った後に残った傷跡の奥に事件の本質があるのだ。
偉そうな持論を頭の中に巡らせていたら、通りにやたらと色目を使った女性達がガス灯の下に立っているのが目に入ってくる。
娼婦達だ。
悪いが興味はない。他を当たるんだな。
俺が求めているのは欲求のはけ口ではない。本気になって取り組みたい事件だ。
声を掛けてくる女達を無視して、歩みを速めていく。
相手にする気はない。
不意に響く女性の悲鳴。街中が一気に騒がしくなる。
俺は悲鳴が聞こえた方へと走り出す。
ざわつきオドオドしている人間達をよけながら、人々が集まって騒いでいる場所へと向かう。
集まって騒いでいる人間達を掻き分け、騒ぎの中央へと入り込んでいく。
かなり古い建物が視界に飛び込んできた。
騒いでいる人間達がやたらと忙しく動いている。
ここで間違いないだろう。俺は更に勢いをつけて建物中に入り込む。
騒ぎが激しいのは上の階だ。階段を駆け上がる。
廊下に出る。
何人かが開いているドアの前で慌てふためくか動けなくなっている。
あの部屋だ。
人の隙間に走り込んで割って入る。
部屋の中は血の匂いが充満していた。
ベッドの上には血だらけになっている女性が倒れている。
慎重に近づく。
薄汚い白いシーツを深紅に染め上げていく女性のドロドロとした血液。
殺されて間もないのか。
喉の辺りを切られている。
それだけではない。
腹の当たりが縦に切り裂かれて、広げられている。
しかも臓器がそこからはみ出しているのだ。
更に深く覗き込む。
はみ出している臓器は乱れている感じからすると、両手を腹の中に突っ込んで強引に広げた感じがする。
腹は下腹部まで切り裂かれていて、溢れ出てしまったような臓器の奥が空洞のようになっていることに気付く。
俺はふと我に返り、慌てて写真機を両手に持ち、写真を撮り始めた。
とにかく警察が来る前に現場を撮る。
警察より先に現場を撮り、明日のスクープは間違いなく頂く。
現場はそれなりに撮影した。
そろそろ警察が来るだろう。面倒に巻き込まれたくないし、せっかく撮ったやつが警察に没収される恐れもある。
俺は直ぐに部屋を出る。
調査開始だ。
ある程度の調べをしたら、会社に戻り、記事を書く。
そして、この事件の担当を取る。
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