呪いの本

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「ねえ父さん、呪いの本って知ってる?」  ある日の22時、小学5年生の息子がそう聞いてきた。  正直、もう寝てほしい時間ではあるのだが。ガタンと椅子を揺らして、俺は息子の方を見やる。 「父さん、おれとおんなじ学校出てるんなら知ってるよね!?」  どうやら息子の頭の中は呪いの本のことでいっぱいのようだ。 「お父さんは知らないなあ」  また嫌なものに興味を持ったなと思いつつ返答をする。 「呪いの本って言うのはね、なんかね、学校の図書館の奥の方に埋まってるらしくてね、中身を読んだら死ぬんだって!」 「また大変な本だね」  死ぬ、の部分を楽しそうに語る小5の不謹慎っぷりを感じつつ、俺は雑に相づちを打った。 「なんかね、それでその本は、読んだら死ぬんだけど、すごく丈夫で、燃えなくて、傷が付かなくて、濡れもしないんだって!」 「なるほどなあ」 「ね、父さんはホントにあると思う?」  息子のキラキラした眼差しに、俺はうーん、と首をひねってみせる。 「そういう噂は不幸の手紙みたいに面白半分で広まったりするからなあ」 「不幸の手紙って何ー?」 「あいや、昔は流行ったんだけど」 「へー」  いかにも興味の無さそうな返答だ。 「ま、そんな害悪な本のことなんて忘れて、早く寝なさい」  やっと冷めた目をする息子に、俺は睡眠を促す。が、 「待って待って! この本の話には続きがあってね、呪いの本には、未来の予言が書いてあるんだって!」 「......」 「それで、傷が付かないのも、見ると死ぬのも、その予言を守るためなんだって! ほら、未来って、誰かが見ると変わっちゃうかもしれないでしょ? だから見た人を――」 「未来が書いてあっても、読むと死んでしまうなら意味がないだろう」 「まあ、そうだけどさ、けど、気になるじゃんか! だって、もし未来が決まってたらさ、おれが今から何をしても、意味ないかもしれないんだよ!」  息子はそう言い切って何かを訴えるように真っ直ぐとこちらを見た。不快なその視線に、ガタンと椅子が揺れて始めて、俺は自分が前屈みになったのに気づく。 「俺らがすることに意味が無いわけあるか!」 「と、父さん......?」 「そうやって、未来を誰かに奪わせるような生き方こそ意味が無い。未来はお前自身が書くものなんだ。絶対にな。わかったらもう寝なさい」 「そう、だね......。おやすみ」 「おやすみ」  俺が追い払うように就寝の挨拶を言うと、息子はゆっくりと寝室へ向かっていった。  その姿に俺はほっと息を吐き、がたつく椅子から立ち上る。  そして、その椅子の、一本だけ短い足に敷かれたそれを手にとった。
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