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眼前に広がるのは闇雲に刃物を振り回す男と、その周りで逃げ惑う者や腰を抜かして動けぬ者。幸い死傷者はまだ出ていないようだが、恐怖で満ち溢れている。
ツヴァイの足が地についた途端に波紋状に空気が揺らいで、男以外の者たちの時間が止まった。時の狭間に住まう者は時に干渉ができるのだ。尤も過度に干渉すれば、その世界の時間が狂ってしまうので言の刃を倒すまでしか干渉しない。
「あああアア! なんで、俺をフッたぁ。俺よりあいつのが優れていたのか! なあ、俺はお前をこんなにも愛してたのに!」
男の叫び声で鼓膜が震えた。血走った眼で、なんでだと叫び続ける。男の周りにはねっとりとした黒い靄がへばり付いていた。
あれが言の刃と呼ばれる化け物。
取り乱す男は刃物を投げ捨ててただ叫び狂う。
ツヴァイは男に近づき、その瘦せこけた頬に触れる。
「大丈夫、落ち着いて。君の彼女は君をちゃんと愛しているよ」
靄が苦しそうにユラユラと揺らいだ。ツヴァイの声音には人の心を落ち着かせる効果がある。大丈夫と繰り返し、繰り返し紡ぎ続けると、ついに靄が男から離れた。そして、正気を取り戻した男はそのまま気を失う。
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