悲願の討伐

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悲願の討伐

「よかったら仲間になってくれないか?」 「なかま?」  背格好の低いキジと目線を合わせるよう、深くしゃがみ込んだ勇者が手を差し出す。 「知ってのとおり、島の向こうには、悪の権化である鬼が棲息している。ヤツらの気性を思えば、いつ攻め込んできてもおかしくないだろう。そう、我々の平和は常に脅かされている。憎き鬼を殲滅せねばならない!」  目玉が飛び出すほどに力む勇者。その迫力に圧倒されるがまま、キジはくちばしを勇者の指に触れさせ、賛同の意を示した。  キジに続いて勇者の説得を受け、仲間に加わったサルが言う。 「勇者サン、勇者サン、我々の仲間も、あとはイヌを残すのみ、ですねぇ」 「イヌ? なぜだ?」 「だって勇者サン、鬼を討伐する仲間と言やぁ、相場はサルとイヌとキジでしょう?」 「まさか」  勇者は小馬鹿にしたように笑ってみせた。 「もっとたくさんの動物――いや、仲間を集めなければ。凶暴な鬼どもを殲滅なんてできやしない」 「ほほぅ? 思い描いていた展開とは少し違いますが、まぁ、勇者サンの言うとおりにやってみようじゃないですか」  迷いのない勇者の眼差しを見たサルは、小刻みに跳ねながら、その背に続いた。  鬼の殲滅を誓ってから半年ほどが経ち、今や勇者の後ろには仲間が溢れ返っていた。  サル、イヌ、キジはもちろんのこと、ゾウやキリン、トラ、ライオン、ヒツジ、キツネ、タヌキ、シマウマ、ウサギ、ゴリラ、クマ、リス、ブタ、ヤギ、レッサーパンダ、フクロウ、カワセミ、フラミンゴ、サメ、カメ、ネズミなど。見渡す限り、仲間、なかま。  キジは言う。 「勇者殿、これほどまでに仲間が集ったのも、ひとえに勇者殿の人徳の賜物。もはや怖いものなし。向かうところ敵なし。そろそろ鬼を退治しに島へ乗り込むのはいかがでしょう?」 「乗り込む? どういうことだ?」 「いやいや、鬼を退治するために仲間を集めていらっしゃったんでしょう?」 「馬鹿なことを言っちゃいけない。君たち動物ごときがどれだけ束になろうと、鬼畜なヤツらに勝てるはずがない」 「では、なぜ我々を仲間に……?」  身震いするキジをよそに、勇者の視線は遥か先を見据えていた。  勇者がオープンさせた動物園は、人気を博し、日々おおぜいの来場者でごった返した。 「鬼の殲滅の日も近いな」  意気込む勇者の隣に立つ秘書の男は手拍子をしてみせた。 「しかし、勇者様の考えることは実に素晴らしい。仲間と称し、動物たちを集める。そうして動物園を開業。多額の資金を蓄える。そしてついに――」 「鬼の棲む島を木っ端微塵に。待ち望んだミサイルを開発できる」 「お見事っ!」  世紀の大将軍、歴史に名を残す英雄。ひとしきり勇者を称えた秘書の男は、ニヤついた表情を浮かべながら媚びへつらった。 「我われ鬼は、鬼であることを誇りに思っている。皆が知るとおり、悪しき人間たちは今、我々を滅ぼそうと画策している。身体を張って攻め入ってきたあの頃とは、時代が違う。今や世界には殺戮兵器が横行する時代。人間たちも残忍な兵器を使って攻撃を仕掛けてくるに違いない。  いったい我々が何をしたというのか? もちろん、我々の遠祖たちは悪行を働いていた。それは事実。しかし、歴史に学び、大いに反省をした我々はその矛を収め、これから先、二度と抜くことはあるまい。争いを起こす気など、さらさらない。平和こそが正義だ。ただ、我々の平和を脅かさんとする悪には、毅然として立ち向かう! 人間という悪の権化がこの世にいる限り、完全な平和はこの世には訪れない。今こそ立ち上がろう! 先祖を上回るほどの凶暴さをもって、悪を討とうじゃないか!」  ひとりの赤鬼が、聴衆に向かって高らかにその拳を突き上げた。その勇姿を彩るように、鬼たちの喝采が島中に轟く。  鬼の頂点を決める有権者の直接投票。民意を力強く掴んだこの候補者が、大多数の票を集めたのは言うまでもなかった。 「さて、鬼の殲滅に向けたミサイル発射の日も決まった。一斉に公示したわけだが、民の注目は集めているかい?」 「あ、それが……」 「ん? 注目どころか、戦争がはじまることに不安を覚える民のほうが多いか?」 「い、いえ……」 「ならいいじゃないか。民にも血気盛んになってもらわねば困る。鬼どもが攻め込んできた場合、血を流すのは民のほうだからな」 「あの、勇者様、これを――」  秘書は手元のスマートフォンを勇者に差し出した。画面の中から次々と流れてくる映像に、勇者は言葉を失った。 「なんだこれは? 民がまるでサルのように踊っていやがる」 「それが我が民です」 「これが?」 「えぇ。民は勇者様の決意に関心を寄せるどころか、いかにインターネット上で注目を集められるか、日々、頭を悩ませ、必死になって踊り狂っております」 「これじゃまるで、動物園じゃないか!」  怒りに身体を震わせる勇者。その時、携帯電話がメッセージの受信を告げた。 「ん? 息子からか」  開封すると、『パパ、ありがとう!』のメッセージ。添付された写真を開いてみると、そこには、たくさんの動物たちを背に立ち、カメラに向かってピースサインをする息子と妻の姿が映し出されていた。
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