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義母は日曜日に、理々を預けることを了承してくれた。
私はほっと胸をなでおろしつつ礼を言うと、義母の方も恐縮してしまい「いいって、いいって」と、居心地の悪さから会話を打ち切りにかかろうとする。
『まったく、あのろくでなしは、どこをほっつき歩いているんだか』
スマフォから聞こえる義母の声には、我が子へのやるせなさと行方を気にする不安が滲んでいた。
私の夫である――昌也のことだ。
浮気のことがバレて開き直った昌也は、現実から逃げるように姿を消してしまった。
三年が経過した今でも行方はようとして知れず、出来の悪い息子のしりぬぐいと孫への贖罪なのか、義母は私にたいして不自然なほど協力的であり、深くこちらの事情に踏み込んでくることはない。
それがとてもありがたくも、将来的に致命的な瑕疵にならないか、私はどこかで怯えている。
なぜなら私は周囲の人間に対して、両親が死んだことにしているからだ。
だから義母は実母が死んだことも、実家のことも、今回の遺産のことも知ることはない。
無用なトラブルを避けるために実家とも絶縁している。
理々がいなければ、遺産なんていらない。と、強く突っぱねることができたかもしれない。
話し合いの場で無用な詮索を受けて恥をかく自分を想像してし、尊厳を守るための逃げの一手を選択しつつも、過去の傷を余計に深くして、眠れない怒りと悲しみで薬の量を増やしていただろう。
◆
トンビが鷹を生んだ。
けれども、トンビから生まれた鷹の子は、結局トンビだった。
私と、父親が違う兄弟たちは、鷹の子として幼少期から過大な期待を背負わされて、結果、壊れていった。
母が我が子を愛していたのか分からない。
天才的な才能とひきかえに【美司瑠那】の価値観は、世間一般の感覚とは致命的に乖離していた。
【美司瑠那】は徹底的に【美司瑠那】であり、意識の大半は腹を痛めて生み出した、その時々の恋人との合作ではなく、自らの魂を削りだして形にした――美しい我が子に占められていた。
それだけは、分かっていた。
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