26人が本棚に入れています
本棚に追加
4 日本一の
「嘘だろぉ。なんで勝てたんだー」
現実世界に戻った小野が、会場にこだまする大声をあげた。
観客の女生徒達も、自校のシンボルが敗戦したことに衝撃をうけたらしい。奇声をあげてパニック状態だ。「まさか愛様が負けるなんて」「卑怯な手を使われたんだ」と嗚咽がもれ、阿鼻叫喚の様相をていしていた。
当の灰塚三姉妹も悲痛に満ちた面持ちで、へたりこんでいる。三女の美依などは膝をかかえて、顔を隠していた。肩が小刻みに震えている。
長女の愛は眉を寄せ、ショックに耐えているようだ。だが、切れ長の瞳は潤んでみえる。
しおらしくしているとやはり綺麗な人だよな、と俺は思う。
しかし愛は思い出したように、俺を睨んで糾弾しはじめた。
「だましたな。百年寝る眠り姫じゃなくて、村人のピンチで起きる三年寝太郎じゃないか」
それはだました本人に言って欲しいのだが、なんで俺に恨みをぶつけるのか。前言撤回。そんなに可愛くない。
うろたえる俺は救いを求めるように、姫川のほうへ体を向けた。
「ごめーん。僕の煌びやかなイメージが和風じゃないから誤解するよね。恥ずかしいから誰にも言えなくて」
姫川は頭を下げて灰塚愛に謝罪する。悪気はないのだろうが、相手の神経を逆なでしていないか? 姉妹全員が下唇を噛んでいるけど。
「本当に酷いぞ。こっちも、お前は『眠り姫』だと思っていたじゃないか。俺は親父の仕事の都合でアイルランド育ちだから、妖精童話のとりこになったけど。お前は何で三年寝太郎なんだよ?」
小野が横から口をだす。
「いやー。小学生の時に母親の肌荒れが気になってさ。三年寝太郎を読んだら、長時間寝て起きるから羨ましくて。絶対に美肌だよ、寝太郎は」
「……何を言っているんだ、姫川。さっぱり理解できない」
小野が首を捻った。
思い出したかのように、観戦していたうちの男子生徒が「うおおー」と野太い勝利の雄たけびをあげた。腹の底にひびく歓喜の声。
それを耳にした俺は、ようやく日本一になった実感が湧いてきた。
*
この後、世界大会に招待され、三姉妹がベルギー戦を応援しに来てくれる。彼女達からアドバイスをもらって見事な逆転劇を演じるのだが、それはまた別の話だ。
とりあえず、めでたしめでたし。
〈 了 〉
最初のコメントを投稿しよう!