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■  初めて解体処理をしたのは、十五のとき。  当たり前に、選択肢はなかった。 『処理するか、されるか。どっちかだよ』  どこにも、最初から。  他人を痛め付けたときの記憶はほとんどない。  このとき身をもって知った。脳というのは都合がいいのだなと。大きすぎるストレスから心を守るためにまるっと削除されていたのだ。  自分にとって、都合の悪いことは全て。  人間の頭蓋骨は、想像より簡単に割れるもの。  ただひとつおぼろげに覚えているのは、そんなことだった。何とまあ物騒な知識。  モモナとて、そんなことできれば知りたくなかった。てっきり、知らないまま死ねると思っていた。  そうであったらきっと幸福だったのだろう。  そう、思う。砕ける感触が、もうずっと皮膚に染みこんでしまったいまになって思う。  といっても、当然初めから上手くできるわけもなく、そんな早々に慣れることもなく。文字どおり血反吐はいて、半年はろくな生活ではなかった。  当たり前に食欲は死んだ。  ようやくわずかに食事をとれたとしても、全て口から戻した。それでも心臓は正常に働きつづけていた。 『あー……だいたいゾンビみたいだったな、あの頃のモモナちゃん』とはイッセイの言葉である。  不眠と栄養失調、不健康さの見本だった。生きているのが不思議なほどのありさま。よく生きてるなとわれながら思った。都合よく忘れても、都合よく死ねないのだとも。  ひとつだけよかったことを挙げると、解体対象は何かしらの罪を犯した人間ということだ。  そう聞いている。  事実かどうかなどは考えなかった。  裏世界に爪先を浸したばかりの十五の小娘が、考えられるキャパシティは残っていなかった。そもそも確認する術もなかった。  仮にあったとしても、確認するかと問われると頷けない。  それだけを免罪符にしていた。  それだけが、心をどうにか保つ命綱だった。  いたってありきたりな人間だった。死ぬまでそうであれると、思っていたのだ。疑いもせずに。  正当化しないとやってられなかった。  心を殺すこともできず、生乾きのまま回数を重ねるうちに、何とか血反吐を吐くことはなくなった。ようするに、つまり、ようやく麻痺しつつある証拠であった。 『わ、土色。顔死んでるね』 『そう思うなら代わっていただけないでしょうか……?』 『びびりつつ言ってくるからうけるよモモナちゃん。なんだろね、素質ないわけじゃないんだよなあ手際も悪くないし』  首に手を当てつつ、不思議そうにぼやく。  聞いてるんだろうか。や、聞いてないんだろう。まばたきする間もなく、答えは出た。  諦めきったため息が歯の隙間から落ちていく。  人の話を聞いているようで聞いていない。その人こそが、人間の壊し方をモモナに教えた女だ。 『どうも、イッセイです。マア死ぬまでよろしく』  場違いに、軽やかな挨拶が初対面だった。  ひらりと手がふられる。その手にはゴム手袋。しっかりと赤黒い血が付着していた。  着古したジャージ姿、顔半分を覆うマスク。目元だけが見える。ニコリと細く線を描いていた。  第一印象は、どこにでもいそうな優しげな雰囲気のひと。それから、やたらと背が高い。  会ったばかりの頃は、腰と首が死ぬからという理由で話すたびによく隣にしゃがまれた。  イッセイの服装もあいまって、絵面が完全に、輩に絡まれた女子高生であった。  やめてほしい。切実に。  人目につくとこで話しかけないでください。変に目立ちたくない、一般人でいたいのだ。  なけなしの勇気を振り絞り、オブラートを何重にも巻きつけた言葉で何とかそういうと、イッセイは、見たことのない顔をした。  どういう感情なのか、さっぱり分からなかった。少なくともモモナにとってはそうだった。普段、あまり顔に出ないモモナでも、わずかに瞳が揺れるくらいには動揺した。  けれどまあ、どれだけ相手が困惑していたとしても、待つことも説明もくれないのがイッセイだった。 『……モモナちゃんは、』  ゆるやかに唇がほどける。  心底おどろいたというふうな声が脳に触れる。ほんの少しだけ羨望と憐れみの気配がした。 『自分のこと、普通だと思ってるんだね』
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