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突然背後から、軽快とは程遠いバタバタとした足音と共に、そんな謝罪の声が飛んできた。
「おせーぞ律! 何してたんだよお前!」
「すいません、中道先輩。トラブル対応に手こずっちゃって……まだ間に合ってます?」
「今から店変えるとこだったんだ。お前あれから連絡ないし、今日はもうバックレたんだと思って行き先言わないつもりだったんだぞ」
「えっ、そうだったんですか! よかった、じゃあギリギリセーフだ」
「がっつりアウトだバカめ」
「いてっ!」
最後尾でやり取りをしているせいで、最前列にいる背の低い私からは桜庭くんの姿はほとんど見えない。情報収集できたところと言えば、よく通る声をしていて、やり取りの最後に中道くんにどこかを叩かれたってことぐらいだろうか。
どうしよう、声をかけてみたい。でも何て言えばいい? 今日の君のお相手はこの私だよ! とか頭おかしいセリフしか思い浮かばないなんて、ホント私って使えない女だ。
お店についた後で自己紹介からゆっくり始めればいいんだろうけど、これだけ焦らされた後だと、どんな顔面をしているかだけでも今すぐ拝んでおきたいというか……。
「噂の桜庭くんだね、待ってたよ~」
柔らかな声が響く。この甘い口調は祐奈だ。
「あ、あの、すみません。こんばんは、初めまして」
「うんうん、初めまして。桜庭くん、女子側の幹事にも紹介するから……明日香、ちょっとこっち来てくれる?」
どうやら、立ち回りに困っていた私の様子に気付いたらしい。列の一番後ろから祐奈が手招きしているのが見えて、私は、呼ばれてるから行くだけです、という空気感を出しつつ、何食わぬ顔でそちらに向かった。
「めちゃくちゃ遅れて申し訳ありませんでした! 桜庭です、よろしくお願いします!」
ものすごい勢いで頭を下げる桜庭くん。なんか地面に脳天が突き刺さりそうなくらいの大げさなお辞儀で、逆にこっちが悪いことをしたみたいな気持ちになってしまう。
「あ、あの、頭を上げてもらえるかな……」
「す、すみません、つい」
ハッとして顔を上げた桜庭くんの目線と、私のそれがかち合う。
ヒーローは遅れてやって来るとはよく言ったもんだと、心から思った。普段道端で見かけたら、そんなでもないって感じるかもしれない。でもこれだけ待ちわびたんだという布石は現実を何百倍にも美化する力があるらしくて、桜庭くんの顔面偏差値は、私の中ですでにそれなりに上がっていた期待値をはるかに超えていた。
かっこいい。マジでかっこいい。そのかっこよさを比喩表現せよ、と言われても、きっと私はこう言うだろう。
「マジでかっこいい……」
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