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「う……」
苦しそうなうめき声が聞こえたのだ。よく見ると胸のあたりが小さく上下していて、ちゃんと呼吸しているのが分かった。
生きていた。良かった。いや事故を起こしたんだし良くはないけど、とにかく今の時点で私はまだ人殺しにはなっていないようだ。
私はその人に慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
骨が折れているかもしれないし、下手に動かさない方がいいだろうと判断して、その人には触れずにそばにしゃがみ込み、そう声を掛ける。
「……くれ」
「えっ?」
かすれた声で何かを頼まれたけれど、掛けっぱなしのエンジン音のせいでよく聞き取れない。
「……を、くれ」
「……? なんですか?」
「たのむ……が欲しい」
何かを求めているみたいだ。飲み物ですか、と聞いたら、その人は首を横に振り、何か伝えたげに唇を小さく動かした。
きっと怪我のせいで声を上手く出せないんだろう。そう思った私は、どんな小声でも聞き逃さないようにしようと、地面に這いつくばるような体勢を取り、その人の口元に耳を近づけた。
「ち……」
「ち?」
「ちが、欲しい」
ち、って……血のこと? 私が気付いていないだけで実は出血がすごかったりするから、輸血してほしいということだろうか。
「あ、あの、血液型が合うかどうか分からないですけど、必要なら提供しますんで!」
「ほん、とうか……?」
「はい! だからすぐ救急車を」
呼びます、という言葉をその先に続けるつもりだったけれど、それ以上私は声を出すことができなかった。
突然、首元に走った鈍い痛み。背中に回された腕は思ったよりも強い力で私を押さえつけていて、身動きがとれない。何が起きているのか、今自分はいったい何をされているのか、まったく状況が把握できなかった。
ようやく解放されたと思った瞬間、全身から力が抜けて起き上がれなくなってしまい、私はその人の胸の上に倒れこんだ。
「いやー、助かったよ。狙ってた人間とは違ったけど……俺、いいモン拾ったかもしれねーな」
さっきの弱々しい声量とは比べ物にならないくらい、はっきりとした声でそう言いながら、その人は私の体を抱きとめつつゆっくりと起き上がった。
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