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膝枕をしてもらっている状態で空を仰ぎ見る私。小さな星が一つ、二つ光っているのが分かって、今夜はとてもいい天気なんだと思った。
「お前、名前は」
景色を遮るように、私の視界にその人の顔が飛び込んできた。端正な顔立ちは言うまでもなく、覗き込むその瞳が赤く光っていることに強く心惹かれて思わず息を呑む。
「……八木 明日香、です」
不気味だけどなんだかすごく綺麗だし、こうして見つめているのが心地いい。
私は赤い瞳の怪しいゆらめきに恍惚感のようなものを覚えながら、素直にそう答えていた。
「アスカ、か。どんな字書くんだ?」
「明日に香る、でアスカです」
「三文字とも”日”が入ってんのか! “月”までおまけに付けてくるとか、俺の天敵みてーな名前なんだな」
天敵ってどういう意味だろう。そう思って首を傾げると、彼はニカッと大きく口を横に広げて笑った。
「俺、マモルっていうんだ。よろしくな、アスカ」
「あ、は、はい、こちらこそよろしく……?」
「よし、家はどこだ? 送ってってやるよ」
「い、いえ、大丈夫です! 私、あなたのことを撥ねちゃったのにそんなことまでしてもらうわけには」
そこまで言って、はたと気付く。空から落ちてきた上にあれだけ激しく車にぶつかった彼がピンピンしている今のこの状況が、どれだけおかしいものか。イケメンの膝枕に浮かれて機能しなかった私の中の違和感が、ようやく仕事を始めたようだった。
「気にすんなよ。俺、別に平気だから」
いや気にするわ。あれだけはね飛ばされておいて平気なのが怖いわ。
私は彼を刺激しないように、一刻も早くこの場から離れたいという気持ちを隠しつつ愛想笑いを浮かべた。
「わ、私も平気です! 車はちゃんと動いてくれそうだし、自分でどうにか帰りますので」
「どう見ても無理だろ。全然起き上がれそうにねーじゃん」
「これは、その……人を撥ねたの初めてで、たぶんショックで体が動かなくなっちゃってるだけだと思うから」
こうなったらいいな、は叶わないのに、悪い予感だけはちゃんと現実化してしまうのは、これまでの人生で何度もあったことだ。加害者として最低限の補償はするとしても、それ以上は関わるなというこの警鐘は無視しちゃいけない。
まるで金縛りに遭った時のような感覚の中で、私は無理やり体を動かそうとした。
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