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「やめとけやめとけ。咬まれた直後に無茶したら、後がきっついぞ」
「かまれた……?」
「いいから大人しくしてろ」
彼はそう言って私を抱え上げ、停めていた車に向かうと、助手席に私をそっと置いてからシートを限界まで倒した。
「体が辛いところ悪いけどさ、住所教えてくんない? お前のことはまったく候補に挙げてなかったから、調べがついてねんだわ」
「……い、いやあの」
「ああ、運転なら任せろよ。なんせこの国に車が初めて持ち込まれた時から乗り回してるからな、腕は確かだ」
そんなことは聞いていない。何を言っているのかも分からない。候補って何? 調べがついてないってどういうこと? この国に車が入ってきたのって、いつの時代なの?
一体何なんだろう、この人。空から落ちて車に撥ねられたのにケロッとしているし、むしろ私の方がなぜか倦怠感がすごくて動けなくなっている。それより何よりヤバイのは、あの赤く光る瞳だ。あれに見つめられると自分が自分でなくなったような感覚に陥って、この人の言葉に逆らえなくなってしまう。
「け、警察……」
「あぁ?」
「警察、呼ばないと……。事故の処理をしてもらわなきゃ」
この場から逃げられないなら、せめて一人で相手をしないことだ。そう思って、さっき止められたにもかかわらず体を必死で捩り、後部座席の自分のカバンに手を伸ばそうとした。
「アスカ」
名前を呼ばれ、反射的にそちらに目をやる。
「お前んちの住所。さっさと言え」
「……」
言いたくない。そう思っているのに、私の意志とは全然違うところが勝手に私の口を動かしてしまい、気づけば郵便物が間違いなく届けられるくらいに正確な住所をその人に伝えていた。
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