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一度目は、脚色無しの、リアルな事件。
それは、この国を率いる次期元首を決める選挙戦のさなかのできごと。最有力候補である俺は、支持者を集めての演説会の会場で暗殺者の銃撃を受けた。
ほんのちょっとした偶然で、それは失敗に終わった(そうでなければ、今ごろここでこんな話をしていられなかっただろう)。最前列にいた幼い少女が飛び出してきて、懸命に手を伸ばして1輪の花を差し出しているのに気づいた俺は、受け取ろうと身をかがめ、刹那、犯人が放った弾丸は俺の耳をわずかにかすめて、後方に飛び去った。
耳から、少しばかりの血が流れた。
***
「あのまま、身を動かさずにいたら、間違いなく眉間に着弾していたはずです!」
その日の夕方。AI分析とやらで俺を狙った一撃の弾道を分析した“専門家”が、ニュースバラエティー番組で興奮気味に説明した。
「まったくの偶然で!」「本当に運がいい!」
出演者たちが、異口同音に言う。政敵である対立候補でさえも、わが国ではこんなことは到底許容されるものではありません、ご無事でよかった、と、心にもないようなコメントを寄せた。
この事件で、俺の強運を『神様がお守りになっている証拠』と崇める者まで出てきたとか。まあ、何でもいい。確かに俺はラッキーだった。劣勢だった俺の支持率は、対立候補の支持率をかなり上回った。
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