四章 朝倉 陽太の手紙(1)

4/10
前へ
/209ページ
次へ
 俺さ、『さくら』で過ごす時間が一番好きだったんだ。  最初に案内された時は、まさかこんな洒落た店を陸が知ってるなんて思わなくて。アンティーク調の店内で、カウンター席しかない喫茶店だなんて。そんな大人向けの店、行ったこと無かったから緊張したよ。  陸って、実はかなり育ちが良いのかと思った。でも蓋を開けてみたら、やっぱり想像通りの人で。コーヒーなんて一切飲めないのに、コーヒーが自慢の店だって知った時は、おかしくて笑いそうになっちゃったよ。 『さくら』には、眼鏡を掛けて髪を左の低い位置で結んで紙束を見ている女性と、時間をかけて一杯のコーヒーを味わう端正な顔立ちの男性の、二人の常連と、製菓学生でアルバイトの花凛(かりん)さんと、花凛さんの恋人で音大生の晴実(はるみ)さんがいたよな。お店をやっていたのは老夫婦で、フランス人の旦那さんは昔パティシエだったとか。奥さんがコーヒーを淹れるのが上手くて、旦那さんが作るスイーツに合わせたコーヒーを出してたんだよな。
/209ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加