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二十五時。
『井手助則』のプレートがかかる病室に入ると、助手君はベッドの傍のスツールに腰を掛けて、壁に寄りかかるようにして眠っていた。そして、ベッドの上にも入院着姿で静かに眠る助手君がいる。
助手君のような身体から離れた魂は、本人も無意識のうちに本来の身体の傍で眠りを取る。助手君自体はどうして自分がここを寝床にしているかもわかっていないだろう。
身体と魂が分かれてしまった助手君の間に集めてきた魂が入った麻袋を置く。
この中に入っている魂は、どれも私が見送ってきた人たちに関わるものだ。私が“仕事”として関わってきた魂の少なくない量が、何の落ち度もないまま事件や事故に巻き込まれた。どれだけ憤りを覚えても、死が目前に迫った人たちにしか干渉できない私にはその犯人が逃げおおせても何もすることができなかった。
「全部、私の自己満足なんだけどね」
自嘲的な息が零れ落ちる。私が仕事として携わってきた魂たちは全て輪廻の回廊へと還っていった。だから、彼らの命を奪った存在をどうしたところで今更彼らが報われることはない。
それでも、百個の魂を集めるとなったとき、私は彼らのことを思い浮かべずにはいられなかった。
「助手君。君はこんなことしても喜ばないだろうね」
ベッドの端に腰掛ける。暗い帳の中でも、助手君の魂はキラキラと光って見えた。それはあの頃から何も変わらない。これまで数多の魂を見送ってきたけど、助手君のような存在は初めてだった。
『残念だけど、一ヶ月後、君は死ぬ。もしも未練があるなら、私が手伝うわ』
『未練? なんだろうな。大人になっても好きなことに熱中できる今の生活は、僕にとって上出来すぎるんだ』
『何かないの? 遣り残したこととか、告げられなかった想いとか』
『んー、思いついたら相談するからさ。アヤメさんも休暇と思って好きに過ごしてよ』
助手君の日々は傍から見れば何でもなくて、退屈で。だけど、好きなことをしている時の助手君は本当に眩しくて。
そして結局、助手君は私に何の相談もしないまま『その日』を迎えた。だけど、その魂はこの世界に留まってしまった。
私が、留めてしまった。
「助手君には嘘を――ううん、言ってないことが二つあるんだけど」
魂の方の助手君の頬に手を当ててから、百個の魂が入った麻袋を掲げる。
助手君も疑問を持っていたようだけど、これは決して自由に願いを叶える方法ではない。
それは、百個もの魂を捧げることで、魂の移動に例外を生み出す禁忌だ。そんな言い方をすれば助手君はいい顔をしないだろうから、願いを叶えるとだけ説明していた。
「助手君。君はまだこっち側に来ちゃいけない。全部、私のわがままだけどね」
麻袋の袋を解き放つと、集めてきた魂が宙に浮かぶ。黒や灰色の魂から淀みを抜いていく。
透明になった魂は私の指示に従って助手君の周りを取り囲むように集まっていく。助手君の魂がより一層輝きを増していき、それと同時に自分の存在が薄れて世界に溶けだしていく感じがした。
もう一つ、助手君に黙っていたこと。それは、禁忌には百個の魂だけではなく、死神そのものの魂も必要であること。だからこそ禁忌であるし、好き好んでそんなことをする死神はいない。
霞んでいく視界の中で、魂と身体に分かれた助手君が一つに集まっていくのが見えた。
――さよなら。My Sweet Soul。
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