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「じゃあ、まあ、とりあえず、仕事してもらおうかな」  先輩(せんぱい)の天使から、そう言われた。さえない中年の男で、しゃべりかたにも覇気(はき)がなかった。  だが、少年は元気に、 「はい」  と返事した。  あのあとで少年は、天使の仲間入りを許されていた。いまでは、背中に羽を()やした、天使のひとりである。  ただし、天使にもいろいろ階級があって、少年は一番の下っ()だった。下っ端は、いろいろな雑務(ざつむ)をこなさなければならない。雑務の内容は、目の前にいる、同じ下っ端の先輩天使に教わることになっている。  先輩がふたつの皮袋を持ってきて、ひとつを少年に手渡した。そんなに大きな袋ではない。片手でも持てる程度の大きさと重さだ。 「この袋のなかに、金色の粉が入っている。ほら、これだ。この粉を、まんべんなく、うすーく、人間たちにふりかけていく。おれたちの姿も、この粉も、人間には見えないから、安心しろ。この粉をまくのが、今回の仕事だ」 「金色の粉……なにをするものです?」 「うん……」  先輩は口ごもり、結局はこう言った。 「いまは知らなくていい。いつか教えてやる。とにかく、大事な仕事なんだ。おれのあとについてこい」 「はい」  少年は言われた通り先輩について宙を飛び、人間界へ降りていった。上空から、皮袋のなかの粉を、パラパラとまいた。金色のきれいな粉が、雪のように落ちていき、人間たちに降りかかった。彼らがまったく天を仰いだりしないところを見ると、先輩の言ったように、人間には見えない粉であるらしかった。 (幸運の粉、かな?)  と少年は考えた。(きっとそうだ。人間たちに、神さまの(めぐみ)とか、幸運とか、そういったものを与えようとしているんだ。きっとそうだ)  そう考えて、少年は嬉しくなった。それからは、ニコニコしながら、金色の粉をまき続けた。  慣れてきたころ、先輩から言われた。 「じゃあそろそろ、少し離れてやってみるか? あっちのほうへ行って、まいてみろ」  指されたほうへ移動すると、大きなお屋敷の上に来た。お屋敷の庭には、椅子を出して、お茶を飲んでいる人々の姿があった。 「あっ」  少年は短く叫んだ。お茶を飲んでいる人のなかに、ひとりの少女を見つけたからだ。  それはニ年ほど前、少年を助けてくれた少女だった。  その日、少年はお金持ちの財布(さいふ)をすりそこなって、その場に居合わせた男たちから折檻(せっかん)を受けていた。そこへ通りかかったのが、あの少女だった。少女は連れの執事(しつじ)に命じて、少年を助けてくれるように取り計らってくれたのだった。  美しい少女だった。美しいばかりでなく、上品で、まるで女神さまだ、と少年は思ったものだった。  あの少女が、いま、眼下(がんか)にいるのだ。 「ようし」  少年は気合いを入れた。あの子の上には、うんといっぱいふりまいてやろう。  そうして実際、少年は、これまでよりずっと多くの金の粉を、少女の上にふりまいたのだった。
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