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「おい、ぼうず、さっきの女の子、お前の知り合いか?」  天界にもどると、先輩(せんぱい)にそう()かれた。  誰のことかは、すぐにわかった。あのお屋敷の少女だ。 「は……はあ……」  先輩が不機嫌(ふきげん)そうなので、つい口ごもった。  金の粉は、まんべんなくまくように、と言われていた。でも、あの少女には、たくさんまいてしまった。そのことをとがめられるんだろうか、と緊張(きんちょう)した。 「どういう知り合いだ?」 「あの……昔、助けてもらったことがあって、その……」 「そうか。あの女の子の上に、やたらと金の粉をふりまいていたな」  ああ、やっぱり叱られるんた。少年はあわてて(あやま)った。 「すみません。恩返しに、と思って、つい……」 「恩返しねえ」 「すみません。あの粉、幸運とか、神さまの祝福とか、そんなようなものなんでしよ? 昔、あの子に助けてもらったお礼に、と思って……。勝手して、すみませんでした。これからは気をつけますから」  先輩が、ギロリと少年をにらんだ。さえない中年男だと思っていたが、にらみつける顔は怖かった。  が、先輩はじきに視線をはずした。 「いや、教えなかったおれが悪かったな。実はな、ぼうず」  と、説明したところによると――。  あの金の粉は、人間に不幸をもたらすものだというではないか。不運。災厄(さいやく)病苦(びょうく)。金の粉をかけられた人間は、そういった、もろもろの(わざわ)いをこうむることになるのだという。 「なんで?」  少年は先輩に詰め寄った。「なんで、そんなものを?」 「不幸になった人間てのは、神さまにすがりつくだろ? 神さまにしてみりゃ、自分を(たよ)ってくれるのは、うれしい。というか、頼ってくれないと、自分がいる意味がなくなっちまうんだよ。だから、金の粉をふりまいて、人間を不幸にするんだ」  「え……?」  少年は口をあんぐりとあけた。理解が追いつかなかった。「それじゃ、まるで……まるで……」  うまく表現できなかった。  先輩が、代わりに言った。 「それじゃまるで、医者が病原菌(びょうげんきん)をばらまいて、患者(かんじゃ)をつくっているみたいだ、って言いたいのか?」  少年は無言で、首をこくこくと(たて)にふった。 「ああ、まさに、その通りだな」  先輩は苦いものを呑んだように、顔をしかめた。あきらめの色が、そこにまじっていた。 「そんな……神さまが、そんなことをするなんて……」 「神さまだって、人間だって、おんなじなんだよ。世のなか、そんなものなんだ」 「だけど……」  心のなかいっぱいにモヤモヤとしたものが広がっていた。とても割り切れるものではなかった。 「あっ」  突然、少年は声をあげた。  自分が、ことさらにたくさんの粉をふりかけた、あの少女のことが気になったせいだった。  少年は立ち上がった。先輩に背を向け、天界を飛び出した。後ろのほうで、先輩がなにか叫んだようだったが、聞く耳を持っていなかった。
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