天使が見える病

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ショッピングモールの奥まった場所に構える精神科の医院。 診療室で医者と患者の男が向かい合って症状について話していた。 「話を整理すると、数週間前から天使が見えるようになった。どこでも見えるわけではなく、このショッピングモールに限って見える。天使は絵画で描かれてるような少年に羽が生えた姿。特に害をなすわけではなく座ったり飛び回ってるだけ。ということですかな。」 「その通りです。先生、やはり僕の頭はおかしくなってしまったのでしょうか。」 「まぁ落ち着いてください。海外でも事例が無いわけではありませんのでね。もう少し伺いたいのですが、天使が見えるのは場所以外に何か条件はありそうでしょうかね。例えば人が多いとか。」 「うーん、そうとも限りませんね。このショッピングモールの中でも入り口付近はあまりいなくて、イベントホールの近くではたくさん見ました。人っ気のない廊下とかにもいまして、そうして天使を見ていくうちにこの病院の看板が目に留まって、これも縁だと思って診てもらおうと。」 「ははは。天使の導きと言ったところでしょうか。ちなみにこの病院にも天使はおりますかな?」 「はい。さっき待合室にもいましたし、今そこのベッドにも座ってます。こちらの話を聞いてる風でもなくぼうっとしてるだけですが。」 「ふうむ。こんな閑古鳥の病院にも現れてるとなると人数は関係なさそうですねぇ。」 「友人にも話したら『幽霊はわかるけど天使はおかしい』とか言われまして。いや自分でもそう思うんです。幽霊なら良いってわけでもないですけれど、幻覚が見えるにしてもなぜ天使なんだろうと。」 「幻覚とも少し違うかもしれません。幻覚が見えたりする時は他の諸症状もあるはずでして、おかしな言動の一つに幻覚が見えるという症状が現れるわけです。あなたの場合、天使が見えること以外は至って正常。その意味では幽霊が見える人と似てると言えましょう。」 「ではこの天使も幽霊なのですか?」 「いえ。幽霊が見えるというのも一種の脳のバグでしてね。どちらかというと『なぜ見えるか』が重要なポイントなのですが、ははぁ。これはもしかすると。」 医者が何か言いかけたところで外から騒がしい音が聞こえてきた。 店内アナウンスでは何やら注意するような声を流している。 「そういえば今日はイベントでしたね。有名人がやってくるとか。」 「ああ、そうでした。ちょうどこの医院の裏がイベントホールなものでたまに外の騒々しい音が聞こえてくるのですよ。・・・なるほど。天使の見え方について教えてくれますか。最初と今では見え方に違いはありましたか?ぼんやりなのかハッキリなのか。」 「ええと、言われてみれば最初はぼんやりだったんですが、だんだんハッキリ見えるようになりましたね。うん。特に今日が一番くっきりと見えてます。」 「わかりました。これはそうゆうことかもしれません。」 「原因がわかったんですか。」 「おそらく。少し車で出かけましょうか。なに、今日は他に患者さんはおりませんのでお気になさらず。」 そう言って医者は受付のアルバイトを帰らせて、患者の男を連れ立って病院を出た。 医者の車に二人乗り込み、ショッピングモールから遠ざかる様に車を走らせていった。 助手席に座った男が心配そうに言う。 「先生、そろそろお話しいただけませんか。どこに行くのでしょうか。」 「ここまで来たら良いでしょう。特にあてはなくともかくあの場所から離れたかったのです。いかがでしょう。今も天使は見えますかな。」 「いえ、やはりショッピングモールだけでしたね。今周りをみても天使は一人もいません。」 「よろしい。ではお話ししましょう。まず幽霊の話からです。幽霊が見えるのは脳のバグと言いましたが、ひとつの法則があるのです。見えてしまうこと自体は一種の体質とはいえ、何もない所で見えるわけではありません。第六感とでもいいましょうか。『このような場所では幽霊がいそうだ』と感じる場所でこそ見える、というものです。 このような場所とはすなわち、人が死んだ過去があるような場所です。幽霊の姿は海外でも違いますが、その人が幽霊をどんな姿と認識しているかによって姿が変わってくるのです。いわゆる霊感が強い人というのは『人が死んだ場所』を察知する能力に長けている人、ということになります。人が死んだ場所が感覚的にわかってしまう。そこから想起されて『ここには幽霊がいそうだ』と脳が錯覚して『その人が認識する姿の幽霊』が見えてしまうのです。」 「実際には幽霊はいないけど、人が死んだ場所を察知する能力を持つ人はいる。ということでしょうか。でも僕が見えてるのは天使なのですが。」 「そこです。『このような場所ではそのようなものがいるだろう』と脳が錯覚する。ここが大事なポイントになるわけですが、では『そのようなもの』が天使だった場合、『このような場所』とはどんな場所でしょうかな。あなた自身、天使がいそうな場所と言えばどんな場所を思いつきますか?」 「天使がいる場所ですか。パっと思いつくのは天国でしょうか。」 「そうでしょうな。一般的にはそのようなイメージでしょうし、あなたの脳もそのように認識してるのでしょう。さて天使が見える症状は海外にも事例があります。それは『お迎えが来る』というやつです。日本でもあり得る話ではあるのですが、やはり宗教感の違いでしょうかねぇ。ですが、あなたはそこまでの年齢ではなさそうですし、病気されてるようにも見えません。ではなぜ天使が見えるのか?『お迎えが来る』を別の視点で考えてみましょう。それがわかれば答えはすぐそこです。 本人にすれば死期が近い。これを場所の観点で考えれば『これからその場所で命が消える』ということになります。幽霊の逆なのですよ。人が死んだ場所では幽霊がいそうだ。人が死んだ場所を察知する感覚に鋭い人は、そんな場所で幽霊が見える。これの逆。これから人が死ぬ場所では天使がお迎えにきそうだ。これから人が死ぬ場所を察知する感覚に鋭い人は、そんな場所で天使が見える。そう、あなたのことです。あの場所が近いうち天国に・・・やあ、タイミングもバッチリでしたな。」 つけっぱなしにしていたカーラジオから緊急ニュースが流れてきた。 「先ほど××市のショッピングモールのイベント会場で、大規模な爆弾テロが発生しました。多数の死傷者が発生してる模様で、会場周囲の店舗も巻き込んで甚大な被害がーーーー」 (了)
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