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初めて招いたときからあなた、気に入ってくれてたのよね。元夫から譲り受けた、赤い屋根と白い壁の私の自慢の家。あなたが泊まるようになって、歯ブラシ、コップ、Tシャツ、スウェット、あなたのためのものが少しずつ増えて。
「一昨日あなたが来てたスーツもシャツもちゃんときれいにしておいた」
クリーニングになんか出さなくたって、得意なのよ、何もなかったみたいに洗い上げるの。真っ白が好きなの、そしてまた染めたくなるの。
出会って三か月。早すぎる? なんて切り出されたプロポーズも当然の流れと受け止めた。こんな素敵な家に君と暮らせる、幸せ者だって喜ぶあなたが全部欲しかった。
チョコレートはとっくに食べちゃったけど。小箱には私の集めたあなたのカケラが入ってる。蓋を取れば、ほら。爪に髪の毛。あなたのものよ。ふふ。セクシーな仕草が目に浮かぶわぁ。長い指で黒い髪をかきあげるけど、サラサラ指の隙間からこぼれてくのよね。
「知ってるの、私」
寝室の外で隠れて電話してたでしょ。きっと他の女。でもね。
今度は冷蔵庫にあなたのカケラを迎えにいく。あなたの右手の小指はよく冷えて青白い。
「一度だけなら許すから」
ちゃんと約束してね。関節でお辞儀させて固まったそれを私の小指に絡める。
「ずうっと一緒にいるのは私。ね」
初対面のとき、まるで宝石みたいに見惚れた瞳は真っ先に取り出した。液体に二つ浮かべて保存したガラス瓶は部屋を移動するたび持ち歩いてる。
腕橈骨筋と上腕二頭筋も同じように保存してベッドの枕元にガラス瓶を並べた。あなたの腕に眠りたくて。均整のとれた逞しさを思い返しながら、夢見心地に自分の前腕から二の腕を撫でる。
「料理教室通っててよかったわ」
骨沿いに削ぐ要領、牛や豚と同じね。人間だって肉だもの。
リビングに戻り、テラスに降りるガラス戸を開いた。足元に広がった芝生の向こうで、春より色濃くバラが咲き並んでいる。
「キレイね」
あなたのためにあるような庭でしょう? 秋の夕闇はすてき。街路樹の紅葉も、塀の外から一役買って影以外を一面紅く染め上げてくれる。目に映る何もかもが最上に美しいのに罪だなんて嘘みたい。美しい花の下に美しいあなたが埋まる。これ以上ふさわしいことってないじゃない?
我が身に両腕を回した。こんなに欲しいのあなただけ。一度結婚したのだって、この家が欲しかっただけなのよ。ホント、お庭つきでよかった。
「あなたも満足そうだったわね」
あちこち見たがって値踏みする顔、ハイエナみたいでゾクゾクしちゃった。
今にもキスしたくなるのに。
『立地もいいし申し分ないだろ。すぐ売れなくても担保にすればかなりの額借りられるって。大丈夫、俺の言うことなら全部聞くんだ』
あなたはいつも、私が寝てると思って電話で言いたい放題。あんなに形が魅力的で、こぼれる囁きがいつも耳の奥までしびれさせてくれたけど。
「唇はやめとくわ」
ホントに残念。
せっかく集めたあなたのカケラ、心から大切にしたいもの。好きなところだけ選りすぐる。今晩はあなたの広い胸に抱かれたい。包丁、よく研いでおかなくちゃ。
「タキシードとドレスは明日届くのに。指輪のサイズ直し、一週間かかるの」
待ち遠しいけど仕方がないわ。素敵な式にしましょうね。
「二人きりでいいでしょう? あ、元夫も祝福してくれると思うわ」
あのあたりから。玄関わきの芝生に視線を飛ばして、懐かしさに笑みが漏れた。今や掘り返した跡形もなく芝生に覆われている。
「特別欲しいところもなかったから。全身埋めたままなの」
もう顔も思い出せない。
「あなただけが欲しかった」
目を細めてバラの根元に両腕を伸ばす。頬を摺り寄せたかった。
早速キッチンに踵を返す。あとそう、左手の薬指も。
「いちばん丁重に、集めておかなくちゃ」
終
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