2人が本棚に入れています
本棚に追加
また雲のはしにもどり、村をながめた。行軍はまだ終わっていなかった。いったい、どれだけ大きな戦を仕掛けるつもりなのだ。悪魔のオレをあきれさせるとは、なかなかのものだ。
毛布にくるまった人間どもはあいも変わらず、星空へと頭を下げていた。小さくふるえる以外は目をつむって動かない。
だがよく見ると、いい年をした大人が指をしゃぶっていた。小石を口に入れて転がしている者もいる。ひもじいのだろう。
ひと晩で飢え死にするわけでなし。腹をふくれさせてから始末するほうが、失望も大きくなる。
川に流され、溺れながらも縄にすがりつき、生きる希望が芽生えたときに縄が切れてしまえば、助けなどなく、たんに溺れ死ぬよりも落胆は大きい。やつらにも、縄を垂らしてやるか。
「おい」
小僧のかぶる毛布に指をかけ、また岩場のかげへと誘った。
「これを食え」
「パンと干し肉がたくさん。どうしたの、これ」
「だから言っただろう。オレは行商人だと」
ほら、この場でかぶりつけ。人よりも多く食おうと、あさましく手を伸ばすんだ。
「ありがとう。おにいさん、本当に親切だね」
調子のくるうガキだな。また礼を口にするのか。どうにもやりにくい。
「他に、ほしいものはないか」
苦しまぎれに出した声は、いつもにも増して低く、しゃがれていた。
「ううん」
毛布のときと同じように首をふると、か細い指はパンではなく、オレの手に巻きついた。
「おにいさんもいっしょに食べようよ」
場違いなほど、明るい声だった。
悪魔の心にひびが入るとどうなるか。中から沁み出すものはなんだ。黒く冷えた泥が芯までつまっているのか。それとも、わずかにでもぬくもりをかくし持っているのか。
小僧のやわらかな手に触れていると、余計なことが頭にわいた。ふり払い、背をむけた。少しでも早く闇にとけるよう、足をせわしなく動かした。
最初のコメントを投稿しよう!