堕天使は星屑となって

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 人が人を殺しているのをみつけ、オレは片頬を上げた。  愚かなくせに、神の寵愛を受ける。天使よりも目をかけられて。人間は不相応に厚遇されている。その罰として、不幸に見舞われるがよい。  天使を辞めてよかった。オレは堕天使、つまり悪魔となったことによろこびを覚えた。  今日のオレは運がいい。夜空を流していただけで、濃厚な血の匂いにぶつかったのだから。  急いで下界に降り立ち、じっくりと見まわした。暖炉の火は消え、あかりといえば家々の屋根を青白く染める月光のみ。  オレ以外に悪魔の影はない。この調子だと独り占めだ。ここで思う存分命を刈り取り、腑抜けな新米とオレを馬鹿にしたやつらを見返してやる。  悪魔に狙われた人間は、最大限の絶望を味わってから死ぬことになる。さっさと死なせて辛い境遇から解放するなど、天使にでも任せておけばいい。  この山間(やまあい)の村の惨状を見ればわかる。同属の命を自らの欲のために奪う人間とは、悪魔にも匹敵する邪悪さだと。  山越えの要所となるこの村には、旅の宿泊者も多い。場末の通りに立つオレの姿は、災いに巻きこまれ、呆然としている旅人に見えるだろう。  数多の兵士がみさかいなく剣を振るい、槍を突き出している。これは口封じだ。逃げ延びた者が、この先攻め入る国に自軍の行動を伝えぬよう、皆殺しにする。  人間同士で争い、厄災をまきちらしている。おたがいを思いやる気持ちなど、かけらもない。オレがさらに濃く深い闇をもたらしてやる。この村の行く末は、オレの手のひらにのったも同然だ。  口のはしから笑みがこぼれ落ちたとき、背後で激しく地面のこすれる音がした。  ふりむくと、まだ十歳にもならない小僧がうつぶせに倒れていた。  膝をついて手をさしのべてやった。  悪魔らしくもない親切にはわけがあった。助かったと心がゆるんだあとに、つきつけられた危機のほうが、苦しみは大きくなるものだ。  わきに手を差しこみ、引き起こした。よし、逃げろ。オレがすぐに、大声で兵を呼び寄せてやる。  一目散に立ち去ると思った小僧は、オレの手をにぎった。子供の手とは、あたたかいものだな。 「ありがとう。おにいさんも逃げないと」  吐く息が白い。顔は真っ青だ。 「早く」  つないだ手に力をこめて、ぐいぐいと引く。戸惑いながらオレが足を一歩踏み出すと、少年はやっと手を離した。  前を走る小さな背中に黙ってついていった。  月明かりだけを頼りに山道をぬけ、小屋一軒分ほどの平坦な場所に到着した。そこは、切り立つ岩場のふちだった。先に道はない。銀に光る星と月をうかせた夜空だけが、広がっている。  人間とは本当に馬鹿な生き物だ。自ら逃げ場のないところに足をむけるとは。
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