堕天使は星屑となって

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 また雲のはしにもどり、村をながめた。行軍はまだ終わっていなかった。いったい、どれだけ大きな(いくさ)を仕掛けるつもりなのだ。悪魔のオレをあきれさせるとは、なかなかのものだ。  毛布にくるまった人間どもはあいも変わらず、星空へと頭を下げていた。小さくふるえる以外は目をつむって動かない。  だがよく見ると、いい年をした大人が指をしゃぶっていた。小石を口に入れて転がしている者もいる。ひもじいのだろう。  ひと晩で飢え死にするわけでなし。腹をふくれさせてから始末するほうが、失望も大きくなる。  川に流され、溺れながらも縄にすがりつき、生きる希望が芽生えたときに縄が切れてしまえば、助けなどなく、たんに溺れ死ぬよりも落胆は大きい。やつらにも、縄を垂らしてやるか。 「おい」  小僧のかぶる毛布に指をかけ、また岩場のかげへと誘った。 「これを食え」 「パンと干し肉がたくさん。どうしたの、これ」 「だから言っただろう。オレは行商人だと」  ほら、この場でかぶりつけ。人よりも多く食おうと、あさましく手を伸ばすんだ。 「ありがとう。おにいさん、本当に親切だね」  調子のくるうガキだな。また礼を口にするのか。どうにもやりにくい。 「他に、ほしいものはないか」  苦しまぎれに出した声は、いつもにも増して低く、しゃがれていた。 「ううん」  毛布のときと同じように首をふると、か細い指はパンではなく、オレの手に巻きついた。 「おにいさんもいっしょに食べようよ」  場違いなほど、明るい声だった。  悪魔の心にひびが入るとどうなるか。中から沁み出すものはなんだ。黒く冷えた泥が芯までつまっているのか。それとも、わずかにでもぬくもりをかくし持っているのか。   小僧のやわらかな手に触れていると、余計なことが頭にわいた。ふり払い、背をむけた。少しでも早く闇にとけるよう、足をせわしなく動かした。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加