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「魔王様がお呼びだ」
林へともぐりこんだオレの前に、コウモリがちらちらと飛びまわる。
言われるまま、天界へと昇り魔王の前でひざまずいた。
「おまえはまだ天使のつもりなのか」
「いや、身も心も悪魔に変わっている」
ふん、と荒い鼻息にオレの返事は噴き飛ばされた。
「おまえは神に愛想が尽き、堕天使となったのではないのか」
オレを見下ろす目は魔王の名にふさわしく、闇を固めたよりも暗い。
「安堵のあとの失望のほうが、人間どもをより苦しめ」
オレの言い分は、魔王の声で断ち切られた。
「小細工はもうやめろ。望みを踏みつぶせ」
魔王の命令は絶対だ。しかし、天界の門をくぐったところでオレは足を止めた。
ここで時間稼ぎをしていれば、兵たちは通りすぎ、村に平穏がもどるのではないか。小僧は助かるのではないか。悪魔にあるまじき願いに、オレはあきれた。
なぜ人間を思いやる気になったのか。
それはほんのささいな出来事によって、心に隙が生じたとしか言いようがない。魔が差したとは、こういうことかと妙に納得がいった。
もうあの村にかかわるのはやめだ。次の獲物を探すとするか。
新たな方角へと足を踏み出したとき、背中に風が吹いた。とたんに燃えるような熱が走った。悪魔は痛みを感じない。なのに、オレは苦痛に身をよじった。
「なぜ村へゆかぬ」
答えを求める問いではない。オレを切りつけた理由を告げただけだ。
ふりむくと、魔界の処刑者が闇空にういていた。腕、脚、胴のすべてがひょろ長い。背中をまるめて首を突き出した姿は、猫背のカマキリを思わせた。両腕をだらりと下げている。すべての指に、鋭利な爪が光る。自在に伸び縮みする爪は刃となり、標的を切り裂く。人間に情けをかけたオレを抹殺するというわけか。
さすがは魔王。なにもかも、お見通しだ。
ため息をひとつつき、オレは宙から三つ股のピッチフォークを取り出した。こんなもので十本の剣と戦えるとは思えない。が、おとなしくやられるのも癪だ。
処刑者の頬がゆがんだ。できる限り残忍にオレを消しさる決意をしたのだろう。
そのあいだも、オレの背中は自らの血でおおわれていく。したたる血は足先にまで熱い小道を作っていた。
ふん。血にぬくもりがあるようでは、悪魔失格だ。
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