堕天使は星屑となって

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 思った通り、オレの武器では処刑者の動きをとめられなかった。フォークで突いた穴からは、黒い泥のような血が噴き出す。ただそれだけ。このていどで魔界の住人は死なない。攻撃の勢いを弱めることすらできない。  いっぽうで、処刑者の刃はオレを着実に滅亡へと導いている。オレの肩や腹や胸には、剣となった処刑者の爪が食いこんでは肉を裂く。深手はまだないものの、時間の問題だった。  傷口からあふれる血が体を濡らしていく。かろうじて、意識を失わずに済んでいる。もはや、指一本ですら自由にならない。逃げることも、一撃をかわすこともできない。  しかしなんだ、このオレの血は。光ってやがる。持ち主であるオレですら気づいていなかった思いがもれ出したのか。  十本の爪が、左右から挟みこむように迫る。バラバラにされてしまえば、いかに悪魔といえども命は消える。人が死ぬと星になると聞いたことがある。愚かな言い伝えだ。悪魔のオレはこま切れになり、宙に散るだけだ。  おにいさん。  明るい声が耳によみがえった。処刑者の爪に切り刻まれるオレは、笑みをうかべてささやいた。  岩場では、村人たちが祈りを捧げていた。 「争いがなくなるよう、皆で願いましょう」  神父の言葉に従い、少年も両手の指を強く組み、ふせた額に押し当てた。 「おい」  聞き覚えのある、しゃがれた声が少年の耳をかすめた。  おにいさん……。  少年は顔を上げ、暗い中を見まわす。目に入るのは、うつむいた黒い影ばかりだった。 「ほしいものないか」  少しはずかしそうな声がする。切れ切れで、消えてしまいそうな声。まるで天からのささやきだ、と少年は感じた。  白くはき出される息を透かして少年は空を見上げた。数知れない銀の線が、夜空を斜めに走っていく。月光にかすむことなく、力強い光を放つ流れ星。あまりの鮮やかさに、少年はまばたきを忘れた。 「さあ、祈るのです」  神父の声が静かに続く。少年はまぶたを閉じ、(こうべ)を垂れた。
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