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2021年・十月 ③
墓参りの帰り、国道沿いに建設された駅ビルのフードコートで遅めの昼食にした。
「パンケーキって歳でもないだろう」
テーブルに着いた敬の前には、ラーメン炒飯セットとバーガーセットが並んでいる。俺なら胃もたれが約束されたコースで、生涯頼まない組み合わせだ。
「疲れた時には甘い物が欲しくなるんだ。歳は関係ない」
俺がパンケーキを一口食べる間に、敬はラーメンをスープ替わりに炒飯を三口食べていた。
ふと周りを見ると日曜の昼下がりだけあって賑わっている。母親に褒められている子。一人掛けソファで舟を漕いでいる中年男性。口喧嘩しているカップル。人の数だけ世界がある。悲喜こもごもというやつだ。
紙コップが急に目の前に現れたので、ギョッとした。
「飲み物ないだろ? 水だけど自由に飲めるんだ。親父、こういうところのシステム知らないだろ」
気が利くな。ありがとう。
「親父、今日はごめんなさい。親父と母さんにあんなことをいって。おれイベントに行きたくて不貞腐れていたんだ」頭を深く下げてきた。
「ああ、わかった。わかった。もう頭あげろ。人前で恥ずかしいだろ」
それにな、お前の素直なところは俺がいちばん知っているんだ。
席に戻った敬は、じっ、と真上に顔を向けて箸に手をつけない。蜂蜜をたっぷりとつけたパンケーキを口に入れて「もういいから。食べないとラーメン伸びるぞ」と、甘さを舌で転がしながら促した。
「親父、おれ来年から藝大の寮生活で絵画をとことん勉強したい。頼む、行かせて欲しい。おれ、母さんのメッセージを観たいんだ。心の声を聴きたいんだ」
母を、長子を知らないから知りたい、か。拒む道理は一つもない。頷いて見せた。
天井高くで回転するシーリングファンも悲喜こもごもだ。遠くのものは速く、左手のものは止まっていて、俺と敬の頭上のファンは、やけにゆっくりと、それでいてしっかりと回っている。
「ここには神はいるのかもな」独り言ち、しばらく眺めていた。
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