楽園

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 気付いた時には()()にいた。  そこは白かった。そこは四角かった。そして、そこにはあたし以外の存在も多数あった。まるで楽園のよう。 「與羽(よは)さんのおかげだね」  その場所がマンションの一室である事に気付いたのは、いつだっただろう。隣に座っている少年が言った。 「與羽さんのおかげで、僕達はここにいられるんだ」  やけに色白で華奢なその男の子は、ケイタと名乗った。肉付きのよくない頬の上にある瞳が綺麗だった。  あたし達はその部屋で過ごしていた。窓どころか雨戸すら閉めっ放しにされている部屋を照らしているのは、白い蛍光灯だった。 「あ、與羽さん!」  大きなリボンを付けた少女が声をあげると、部屋の空気が変わった。開けられたドアの傍に立つ姿を見て、ああ、そういえばこんな容姿だったなと思い出す。與羽さんという、大人の男の人。  すらっとした長身で肩までの黒髪をいつもひとつにまとめている與羽さんはモデルみたいに格好よかったけれど、実際にどんな仕事をしているかあたしは知らなかったし、誰も語らなかった。 「やあ、みんな」  與羽さんはいつも黒いロングコートを引きずるように歩いていた。黒髪に黒いコート。與羽さんを一言で語れば、黒は外せない。なのに、不思議と與羽さんから陰気な雰囲気を感じられなかった。  あたし達は部屋の中央に座った與羽さんを囲うようにフローリングに座る。この部屋にはいろんな少年少女がいた。部屋の隅にいる色白の華奢な少年、大きなリボンを付けて鏡ばかりを眺めている少女、首筋にタトゥーを入れた気性の荒い少年もいた。みんな十代の子供だった。あたしも含めて。 「みんなの話を聞きたいな。カズト、調子はどうだい?」  與羽さんは見渡した後、部屋の隅であぐらをかいている、タトゥーを入れた少年に視線を向けた。カズトと呼ばれた少年の耳や唇では、いくつものピアスが光っている。 「別に、普通」 「そうか。それはいい事だよ。何事も普通が一番。アキはどう?」  與羽さんの視線と周囲の視線が皮膚をちくちく刺し、あたしは自分の名前がアキだった事を思い出す。  自分に関する情報は輪郭を持たないまま、ゆらゆらと流されてしまいそうだ。名前はアキ、性別は女、年齢は確か、十四歳。  みんな、あたしが答えるのを待っている。注目されればされるほど、あたしの声が縺れてしまう。以前にもこんな事があった。でも、いったいどこで? 「あの……、よく分からないです」 「そっか」  與羽さんは笑う。 「分からないのは素晴らしい事だよ。焦って答えを出すのではなく、しっかり考えていけばいい」  そんな風に言われたのは初めてだった。いつもあたしは叱られてばかりいたから。  ――ほんとトロいんだから  ――黙ってちゃこっちも迷惑なんだよ  ――あんたなんて産まなければよかった  言葉が言葉として成り立たない痛みが後頭部を襲い、あたしは瞬きを繰り返す。蛍光灯の下で與羽さんが微笑んでいる。そうだ、あたしは、あたし達は、與羽さんに救われたのだ。
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