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與羽さんはこの部屋に住んでいるわけではなく、時折ふらっと現れてどこかへ消えていった。そして、この一室には時々仲間が増えた。新入りの子達もあたし達と同じような子供だった。
大人を信用できずに居場所を失くした、力のない存在。
「僕はね、君達に夢を与えたいんだ」
誰かを連れてくるたび、與羽さんはよくそう言っていた。蛍光灯に照らされる與羽さんの黒髪は、その光を跳ね返しているみたいだった。まるで天使の輪みたいだ。
「アキ、君はやっと幸せを手に入れられたんだよ」
與羽さんの存在は、密閉された空間を浄化させた。日の光の入らない部屋でも、黒いコートを着たままの與羽さんが来るだけで空気が明るくなる。
逆に言えば、與羽さんがいない時には白い空間が灰色に滲む時があった。
「うっせーんだよ、ブス!」
この日は突然の罵声から始まった。あたしは身を怯ませる。得体の知れない黒い影が足元から這いあがって鳥肌を覚えた。早く、早く逃げなければ。だけど、その声の先はあたしではなかった。
「なんでそんなひどいこと言うの?」
涙目になってカズトに訴えていたのはリカだった。頭に付けられたリボンが、ふわりと揺れる。
「どっちがひどいんだよ! もう一度言ってみろよ!」
「わ、わたしはただ、その火傷の痕がかわいそうねって言っただけよ……」
「同情かよクソが」
首筋に掘られたタトゥーをいつも誇らしげに見せるカズトのお腹や腕には、小さな火傷の痕がいくつもあった。煙草によるものだとみんな知っていた。カズトがそれについて触れられるのを嫌う事も。
あたしよりも後にやってきたリカは知らなかったのかもしれない。
「出ていけよブス!」
カズトの罵声によって、あたしはひとつの正解を得た。
雨戸の閉まった狭い室内から、あたし達は誰ひとり出ていない。ひとり、またひとり増えていくだけで、減っていく者はない。
とうとうリカが泣き出した。あたしはリカの傍に座る。
「大丈夫?」
リカの大粒の涙は、ぽっかりと浮かぶ空洞を濡らしていった。あたしは一度たりともこんな風には泣けなかった。
ブスと言われる事をリカは何よりも嫌がった。もっと可愛くならないといけないの、とリカは言う。今だって十分可愛いのに。
狭い空間であたし達は秩序をもってそこに存在している。閉まった雨戸の向こうを、誰ひとり望むことなどない。
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