楽園

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 亜紀、と優しい声で呼ばれていたのはほんのわずかな時間だった。  お母さんはいつも疲れた顔をしていて、あたしをゴミだと罵った。その通りだと思った。あたしはお母さんを困らせるだけの存在で、生産性のない人間で、生きる価値なんてなかった。  物心ついた時から古びたアパートでお母さんと二人で暮らしていた。保育園のクラスの子の多くにはお父さんとお母さんがいて、うちにお父さんがいない理由をお母さんに訊ねたら、その日の夜ご飯は出なかった。  お父さんがいない代わりにお母さんは時々知らない男の人を連れてきた。そのたびにあたしは家から追い出された。首元が真っ赤に腫れるほど日差しの強い夏の日も、足先の感覚がなくなってしもやけができるほど寒い冬の日も、あたしはアパートの前で待っていなければならなかった。それだけならまだ我慢できた。  小学五年生になった春、お母さんの連れてきた男の人に服を脱ぐように命じられた。決まってお母さんがいない時間だった。嫌なのに断る方法を知らないあたしは言われるがまま服を脱いで、次第に要求はエスカレートしていった。生温かい手のひらが皮膚を這う感覚に吐き気を覚え、でも少しでも嫌な顔をしたら怒鳴られた。耐えられなくなり、あたしは家を出た。中学三年生だった。
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