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「アキ、大丈夫?」
顔を上げると、リカの顔がそこにあった。泣きはらした後なのか、目が真っ赤で頬がかさついている。髪の毛をまとめたリボンの形はどこかいびつで、でもそれを指摘できない。それはリカにとって怒鳴られる事と同じくらい痛みの伴う行為だった。
空間はもはや白色ではなくなっていた。照らされた蛍光灯がチカチカと点滅する。ケイタは膝を抱えたままぶつぶつと何かをつぶやいているし、カズトはガリガリと壁紙を剥がしている。他の子達も、みんな不安定で虚ろな瞳で狭い部屋を彷徨っていた。
與羽さんに連れられてきた時はあんなに幸せそうだったのに。
そうだ、幸せだと思ったのだ。温かな屋根の下で、怒鳴られたり殴られる心配もなく、空腹に耐えられない夜は明け、自分の存在を肯定され、そして自由を与えられた。ここは、まさに楽園だった。
「與羽さんに会いたい……」
ケイタの言葉がはっきりと聞こえたのは久しぶりだった。ざわりと空気が揺れる。蛍光灯の点滅が止む。みんなの想いは同じだった。
その時、わずかな気配が滞った空気を揺らした。
「あいつが帰ってきたのか?」
カズトが部屋のドアに視線を向けた。廊下の向こうにあるドアの閉まる音が聴こえたのは確かだった。だけど、何かが違う。與羽さんは静かに歩く人だったはずだ。しかし、廊下から数々の足音が響き、そして、
「警察だ!」
三人の怖そうな男の人達が拳銃を構えたまま室内に飛び込んできた。リカは小さく悲鳴をあげ、ケイタは呆然と男達を見上げ。カズトはガタガタと震え出し、ごめんなさい殴らないで、と頭を抱えてうずくまった。
混濁した意識の隙間にわずかな記憶が流れ込む。ごめんなさい、ごめんなさい。怒鳴らないで、触らないで、でももっと愛して。
「……なんだ」
男三人のうちの一人が、落胆と安堵を見せて薄く笑う。
「誰もいないじゃないか。来島の野郎、どこに消えやがった」
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