運命の一冊に残された指紋

4/7
前へ
/9ページ
次へ
 考えろ。考えるんだ。うまい殺し方を。  あ。そういえばこいつ、ミステリの研究用に、こっそり毒物を押入れの奥に隠し持っていたな。 「なあ、清川。おれが今日ここに来ることは、誰も知らないよな?」 「うん」 「フフフ、じゃあ今日は、お前の運命の一冊が華々しく世に出る前の、前夜祭だ。そこの酒屋でいい酒を買ってくるから、二人で飲もうじゃないか」  まさしくこの一冊は、おれとお前の運命を大きく変えてしまうだろう。おれは栄光の、そしてお前は終焉の運命だがな。  おれは近くの酒屋で、小ぶりなウイスキーを買って戻った。  そして二人で酒をあおった。  清川は酒に弱くて有名で、すぐに顔が真っ赤になる。 「そうだ清川、ちゃんとこの小説のデータはとってあるのか?」 「あるとも、ほら」  清川はノートパソコンのロックを外し、中のフォルダを見せた。 「おお、あるな。バックアップもあるのか?」 「うん、こっちのUSBにね」  おれは清川のグラスに、さっきトイレを借りるふりをして失敬した毒を注いだ。  薬瓶に触れる時は、指紋がつかないよう、ちゃんとハンカチ越しにしてある。  それから五分後。  おれが酒に混ぜて飲ませた毒で、清川は死んだ。  もう動かない清川の手に瓶を握らせ、指紋をつける。  そして、ノートパソコンが再びロックされないうちに、おれはやつの小説のデータを消した。  USBのほうも、確実に消去した。   清川の運命を決定づけた作品は、この世に唯一、分厚い紙束としてだけこの世に残されたことになる。 「……おれのものだ」  そう呟いた時、ドアがノックされ、ドアノブががちゃがちゃと鳴り、おれは心臓が口から出そうなほど驚いた。 「清川くん? 私だけど。珍しいね、鍵閉めてるの? 開けてくれる?」  あっ。ドア越しでも分かる、この声は。 「ヒトミ……か?」 「え? その声は、ゴ……田沼くん?」  最初になんと呼ばれかけたのか引っかかるものはあったが、おれの頭脳は、この場を逃れようとフル回転を始めた。  そして、シンプル極まりない答にたどり着く。 「ヒトミ、警察を呼んでくれ! 清川が死んでるんだ!」 ■
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加