運命の一冊に残された指紋

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 すぐに警察がやってきて、現場検証が行われていた。 「するとお二人は、清川さんのお友達なのですね?」 「はい。私は、婚約者です」 「おれは、中学からの清川の親友です。実は、。そうしたら、こんなことに……」  刑事は、ふうと息をついて言った。 「まだなんとも言えませんが、状況から見て自殺の可能性が高いですね。なにか、心当たりは?」  おれは顎に手を置きながら答えた。 「そういえば、このところミステリの執筆に行き詰っていたようです。おれたちはミステリ作家になると誓い合ったのですが、あいつはもう何年もずっとスランプで……。ヒトミ、なにか聞いてるか? 最近新作を脱稿したとか、自信作が書けたとか、前向きな話は?」  ヒトミはかぶりを振る。  よし、本当に例の作品のことは聞いていないようだ。 「ヒトミ、気を落とすなよ」  おれはヒトミの肩を抱いた。 「ええ。私がしっかりしなきゃね……」  その手はヒトミに払われた。 「ではお二人、それぞれ別々に事情を伺いましょう。女性の方、こちらへ。男性、田沼さんははあちらで」  おれたちは別々のパトカーに乗せられた。 「改めまして、私は東武野田署の、流山(ながれやま)初石(はついし)といいます。お時間いただきますが、よろしくお願いします」  おれは現場の状況について事細かに聞かれた。なにしろ第一発見者だ。  ここに来た時にはすでに清川は死んでいた、では状況が不自然だろう。頭をフル回転させる。  つまりは原稿の作者についてだけ、おれと清川を入れ替えて、後はあったことをそのまま言えばいいのだ。  おれはこの新作を清川に見せに来た、傑作の脱稿祝いにそこの酒屋でささやかな酒も買った、しばらくは大人しくおれの小説を読んでいた清川だが、ふと目を離した隙に苦しみだした、そういえばあいつは自宅に毒物を持っていると言っていました、こんなことになるなら油断せずに見張っていればよかった……  もしかしたら昔なじみのおれがこんなとんでもない傑作を書いたことが、あいつを絶望に突き落としちまったのかもしれません……  流山とか言う刑事は、おれの話に何度もうなずいた。 「なるほど、ありがとうございます。おや、女性の方の話が済んだのかな」  刑事は一度パトカーを出て、ヒトミについていたらしい女性刑事からなにやら聞き取り、うんうんとうなずいている。  やがて、刑事がパトカーの中に戻ってきた。
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