運命の一冊に残された指紋

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 大学三年の夏。  ともにミステリ作家を目指してきた、同級生の清川から電話がかかってきたのは、夏休みの真っただ中だった。 「田沼くん、聞いてくれよ! ついにやったよ、僕は運命の一冊を生み出すことになったよ!」 「……へえ」  清川の浮かれ切った声に、おれは、こいつはさだめし傑作を書き上げたのだろうなと悟った。  もともと、ミステリ小説を書く才能については、やつのほうがおれよりも上だということは認めざるを得ない。  それが清川というやつは、やたら消極的かつ完璧主義者な性格のせいで、なかなか作品の完成にこぎつけなかったのだ。  いずれおれが先んじてデビューしてやる。そう心に決めて、才能の差を努力で覆してやると、毎日毎日小説を書いてきたのに。 「田沼くんと僕が、中学の時にミステリ研を作ってからはや十年か! お互いになかなか目が出なかったけど、僕のこの作品は、間違いなく今度のコンテストで大賞を受賞するよ!」  清川がこんなことを言うのは初めてだ。よほどの自信作なのだ。 「……へえ。そりゃ凄いな、清川。よかったら賞に出す前に、おれにも読ませてくれよ」 「いいとも! 田沼くんの忌憚ない意見が聞きたかったんだ! これから僕の下宿に来てくれないか!」 ■
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