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初めての光
十月十七日、午後四時頃、長野県長野市のアパート、クリエートで火災が発生した。アパートの住人が早めに気づき、消防を呼んだためそこまで大きな被害は受けなかった。しばらくして警察も到着し、現場検証が始まった。
「篠原、火元はどこだ」
低い声でそう言ったのは長野県警の刑事、甲斐である。
「おそらくポストかと」
「ポスト?」
甲斐の質問に答えたのは部下の篠原だった。
「はい…厳密に言えばポストに入っていた新聞が燃えた、ですかね」
「新聞か。新聞の近くに火があった…いや、こんな高さで火は扱わないか」
ポストはドアノブと同じ高さにあり、自然と引火するような位置にはなかった。
「となると…放火ですね」
「ああ。問題は火事の原因だ」
「ガソリン、ライターとかですか?」
「んーまだなんとも言えないが、ガソリンではないだろう。ガソリンのタンクってのは基本的に大きなものが多い。そんなものをわざわざ持ってきて、しかも新聞紙にかけるなんて効率が悪すぎる。中には小さいものもあるらしいが、それを持っていくならライターの方が持ち運びは楽だろう。それに現場にはタンクもなければガソリンの痕跡もない。持ち去った可能性もあるが、タンクなんて持ってたら目立つ。犯人からすればそんなことはしたくないだろう」
篠原は甲斐の推理をしっかり聞いてから自分の考えを述べた。
「新聞紙が狙いだったとかはないですか?」
「良い考え方だが、今回は違うな。新聞紙が狙いなら持ち去ればいいだけだ」
篠原は少し残念そうな顔をして、そうですよねと言った。ポストは元の色がわからないほど丸焦げになっていた。新聞からポストへ広がった火は近くの壁、ドアまでも黒く染め上げた。幸い、部屋の中にはなんの被害も及ばなかったがそのまま住むのは少し嫌な気もする。
「被害に遭った部屋の住民に話は聞いたか?」
「今からです」
「よし行こう」
甲斐と篠原は部屋の住民を探し、話を聞いた。その住民は火災時、外に出ていたようで人的被害はなかった。
「犯人に心当たりはありますか?」
「やっぱり放火なんですね…うーん、そうね。そんなことする人、私は知らないわね」
「そうですか」
このようなことはよくある話なので甲斐はなんとも思わなかったが、篠原はわかりやすく落胆していた。
「篠原」
篠原は甲斐に呼ばれたことで落胆が顔に出ていたことに気づくと、首を振り冷静な顔に戻った。
「まあ…でも服が無事でよかったわ」
「服、ですか?」
「ええ。今干している服、まあもう乾いてるんだけどね。お気に入りなの。もし玄関じゃなくてベランダだったら、私もう絶望してたかもしれない」
急に服の話を始めて、雑談と思った甲斐は半分聞き流していた。しかし篠原は会話に参加し始めた。
「そういえば、僕が来た時は日が当たって暑かったです」
「そうね。玄関のドアもそのせいでちょっと焼けてるのよ…今はもうわからないけどね。あ、でも洗濯物は午前中には乾くからいいのよ」
「それいいですね。僕の家は西向きなんで夕方は家の中にいても暑いし、眩しいんですよ」
甲斐はその辺りで篠原を制止した。被害者との話を終え、二人は他のアパート住民に話を伺った。十人程度から聞けた話は事件の進展には至らなかった。気づいた時には燃えていたや会社からの帰りだったなどの証言が多く、誰も火が放たれたところを見ていなかった。明日地域住民にも話を聞くつもりだが、おそらく皆無だろう。なんせここは玄関を出ると道はあるものの、人通りが少ない。また、大型施設もここから徒歩ではきついところにあった。こんな事件が起きているため今は騒がしいが、普段は車の音もほとんどしない静かな場所なのだろう。そうこうしているうちに辺りは真っ暗になった。捜査は明日へ持ち越して今日の仕事は終わった。
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