1.人魚の井戸と新参者

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1.人魚の井戸と新参者

 シエリたち人魚の生まれ育った棲家は、海に穿たれた穴底にあった。人魚の井戸と呼ばれるそこは、深海と呼ぶにはいくらか浅いが、太陽の眩しさとは縁のない場所だ。知らぬ者が上から見下ろしたならば、底の見えない暗闇に足を竦ませることだろう。  ただし、人魚だけは知っている。三つの横穴と五つの岩棚を過ぎた辺りから下はふわりと明るいことを。多彩な光を流動させる輝鏡石(ききょうせき)や、細かく分かれた葉先で砂地を照らす三日月草(みかづきそう)。それから、七色の光る泡を絶えず浮上させる蛍貝(ほたるがい)。散りばめられたそれらは眩さこそないが、虹珊瑚(にじさんご)真綿藻(まわたも)に囲まれた人魚の棲家を、暗闇から浮き上がるように照らしていた。  そんな幻想的とも言える空間で、赤銅色の髪と目をした華やかな人魚が、同色の尾を靭やかに一閃させた。 「で、こんな風に反動を利用して上体を維持する。ほら、イリアもやってみろよ」  どうやら、シエリがイリアーテに尾の扱いを指南している最中らしい。イリアーテは感心したように音のない拍手を送ると淡々とした口調で告げる。 「シエリって器用だよね」 「いや、見てないでお前も練習するんだって」  思わす突っ込んだシエリだが、イリアーテは岩場に寝そべり、のんびりと白銀の尾を垂らしたままだ。 「そんな動き、俺には無理だと思う。それより、ちょっと他の動きもやってみてよ」  やる気がないようではあるが、興味はあるようだ。シエリはどうしたものかと腰に手を当てて嘆息した。彼はかつて人間だったとは思えないほど、今では器用に水中を泳ぐ。だからこそ頃合いと思ったのだが、どうにも本人にその気がない。 「オレだって随分練習して、ようやくできるようになったんだからな? イメージがしにくいなら、まずは皆と一緒に狩りに出てみないか?」 「それって本当に皆でやらなきゃ駄目? シエリと二人でもよくない?」 「オレよりお前の尾の方が立派なんだから、バランスとかは似たような体格を真似た方がいいんだよ」  尤もらしいことを言いつつも、シエリは心配していた。イリアーテが周囲と馴染もうとせず、他の人魚たちとの関わりを避け続けることに。  人魚社会で生きるためには色々覚えなくてはならない。シエリは毎日、イリアーテに井戸のあちこちを案内し、人魚の生活や海の生態を教えていた。イリアーテはそんなシエリの話を興味深く聞き、無下にはしない。しかし、いざ他の人魚と顔を合わせると、途端に彼は関心を失うのだ。
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