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右を見ても猫。
左を見ても猫。
道の端に、草むらに、遊具の上に……。
ここはその界隈では有名な猫が集まる公園だ。
そして私はその公園の管理人。
「はぁはぁ…怖がらなくていいのよ? おいでおいで~…」
フシャァッ!
「痛い! でも好き!」
今日も猫ちゃんは鋭い爪で私の手を血まみれにして逃げていく
でも許せちゃう。
だって私は猫が好きだから。
「おかーさん、あの人引っかかれたのに嬉しそうだよ? 血があんなに出てるのに…」
「しっ! 行くわよ」
親子連れが足早に去っていく。
お弁当を持っている様子から、花見ならぬ猫見に来たのだろう。
最近は休日になると県外からも猫好きがやってくるようになった。
活気が出るのはいいことだけど、猫の可愛さに狂い悪さをしようとする人間も集まってくるから油断ならない。
「さて、パトロールの続き続き……ん?」
草むらで寝転んでいる数匹の猫に、無数の猫じゃらしを持ってにじり寄る人影。
「はぁはぁはぁ……こ、怖くないよ~? ほーら、猫じゃらしだよ~~、ほらほら~~」
上下真っ黒の服に、フード、マスクにサングラスをかけた完全フル装備の女(声から判断)だった。
「…………ふー」
私は自腹で購入した収納式警棒を取り出してヒュン!と振り、警棒を伸ばした。
「ごらぁ! 不審者がぁあ! 私の目の前で猫ちゃんを誘拐しようたってそうはいかないわよこらぁ!!」
警棒を振り上げて全力疾走する私。
対不審者戦ではどれほど威圧できるが勝負のカギとなる。
「ひい!? ご、誤解です!」
と、言いながら逃げ出す女。
昼寝をしていた猫ちゃん達も女が走り出して驚いたのか逃げてしまった。
「なーにが誤解よ! その恰好どう見たって銀行強盗一歩手前の凶悪犯でしょが! 猫ちゃん達を強盗するつもりにちがいないわ!!」
確保―!!と、とびかかって草原に押し倒す。
「ち、違います! 私はただ猫が好きなだけの29歳OLです!」
「猫好きな29歳OLは休日にサングラスとマスクして真っ黒な服で出かけたりしないのよ! このまま警察に突き出してやる!」
「や、やめてください! この前職質されたばかりなんです!!」
スマホを取り出し110番しようとした私は嗅ぎ慣れた匂いに気付く。
「これは……マタタビ?」
バラのような独特の香りは間違いなかった。
すると女は「あ」と声を上げる。
「ポケットのマタタビエッセンスが入った瓶が割れちゃったのかも……」
「は?」
次の瞬間。
にゃああああああん!!
にゃー! にゃーお! にゃーん!!
どこから現れたか無数の猫ちゃん達が私達にとびかかってきた。
それは例えるなら猫の山。
私は猫野山に押しつぶされている。
無数の肉球と、それ以上に肌に食い込む鋭い爪の痛みを感じながら悟った。
ここが……天国?
穏やかな気持ちに沈む私のすぐ隣で、叫び声が上がる。
「あああ! 嬉しい! 嬉しいけどだめぇ! 私猫アレルギーなのぉおおお! お肌が真っ赤になっちゃう! せっかく日焼け対策万全にしたのに! でもし、しあわ、せ……」
がくりと不審者女の声は途絶えた。
……その日のSNSには野次馬が撮った猫マウンテンの画像が出回りトレンドに載ったとか。
マタタビの効果が切れると、猫ちゃん達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。
勿論野次馬達も猫マウンテンに埋もれていた私達に興味などなかったようで、関わらんとこ……みたいな感じで散っていく。
サングラスが壊れ、マスクが取れた不審者女の顔じゅうには猫アレルギーの赤い発心が無数に広がっていた。
「その完全装備、アレルギー対策だったのね。なんか、ごめん…」
「いいんです。あなたも猫が好きだからこそ私を不審者と間違えたのだと思いますし…」
「いや、その恰好はどっちにしろ不審者だからもう少し考えたら?」
私は不審者女に手を差し伸べ助け起こした。
恰好はどうあれ、猫好きに悪い奴はいない。
この猫だらけの公園を管理しているからこそ私はそれをよく知っている。
なにかお互い通じ合った気がして、ほほ笑みを交わす私達。
このまま公園に併設されているカフェで猫ちゃん談義に花を咲かせ…なんて考えていると、大学生くらいの青年グループが公園に足を踏み入れてきた。
「ここ沢山的があるから、試し撃ちにはうってつけだぜ!」
「ひゅー! 猫いっぱいじゃん!」
「撃って撃って撃ちまくるぞー!!」
がやがやとエアガンを携えた青年達。
今日は変なのが良く集まる日だ。
猫ちゃんの魅力が魔力となって変人を引き寄せているのだろうか……。
私と不審者女は目と目で合図し、お互い警棒と猫じゃらしを手に走り出す。
「猫ちゃんに仇なす気かガキどもぉ! 帰りなさいよぉおおお!」
「猫ちゃんを害する者、すなわち万死に値する!」
「な、なんか来たぞ!?」
「ひぇ!」
「ひるむな撃て! 撃てええええ!!」
このあと私達は彼らを警察に引き渡した。
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