宗(そう)

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 宗(そう)は中庭に咲く、小さな黄色い花を見つめていた。 「こんな所におられましたか。さ、皆が待っておいでです。」 仕えの者は宗を見つけると、速やかに御堂に行くように促した。宗は小さく溜息を吐くと、花と自分との間に結ばれた視線を途切れさせるのを惜しむように、そちらの方に首を向けながら、仕方無く御堂に向かった。入り口の手前辺りに着くと、他の仕えの者達が、宗に衣装を羽織らせ、 「いってらっしゃいませ。」 そう言いながら、にこやかに宗を舞台へと送り出した。その頃には、宗はいつものように、キリッとした目つきに変わり、幾分、口角が上がっていた。木の階段を上って舞台袖に着くと、 「御殿様(みどのさま)がお越しになられました。」 と、司会の者が聴衆に伝えた。 「おー!。」 唸りとも溜息とも着かない声が聴衆の間に沸き起こり、今か今かと宗が現れるのを心待ちにしていた。そのタイミングを見計らうのが、まるで日常の所作のように、宗はゆっくりと、そして静かに舞台中央に向かって歩いていった。 「パチパチパチ!。」 「パチパチパチ!。」 「おーっ!。」 聴衆から割れんばかりの拍手と喝采が起きたが、そうなることが自然であるかのように、宗は全く意に介さず、舞台中央に立った。軽く両手を広げて、微笑みながら聴衆に一礼した。そんな微かな所作だったが、聴衆はまるで満ち足りたかのように表情が輝き、一瞬にして静粛が取り戻された。 「さて、此処に集いし皆様、幸福に満ちた日々をお過ごしでしょうか?。」 宗の言葉に、聴衆は静かに頷いた。しかし、中にはじっと宗を見つめるだけで、首を縦に振らない者もいた。そのことに瞬時に気付いた宗は、 「其処のアナタ、お身内のことで悩まれているご様子。ですね?。」 と、一人の女性の方に右手を差し出しながら、宗が言った。女性はハットなり、聴衆は一斉に彼女の方に視線を遣った。すると、宗は静かに舞台の脇にある階段から下りると、聴衆の間に分け入って、彼女の所まで歩みを進めた。あまりに恐れ多い光景に、彼女は少し震えながら、しかし、宗が自身の側まで来ると、まるで魅入られたように顔を上げながら、静かに立ち上がった。 「今日、アナタが此処に来られたのは、アナタの御霊が救われんが為の必然。さ、気持ちを楽になさい。」 宗は静かにそういうと、右手を彼女の顔の前に、そっとかざした。彼女は静かに目を閉じると、宗の言葉に従った。彼女の目尻からは、自然と涙が伝った。そして、暫し沈黙の後、 「何をすればいいか、アナタは既に知っている。ですね?。」 宗が目を閉じている彼女にそう語りかけた。彼女は眼を開くと、 「・・・はい。」 と、静かに答えた。 「真実を、伝えます。」 決意の程を宗に伝えると、彼女の両の目に涼やかな、そして強く輝く光が灯った。その言葉を聞いて、宗はにこやかに彼女を見つめると、そっと抱き寄せた。 「おーっ!。」 御堂の中に、静かな歓声が沸き上がり、再び割れんばかりの拍手が起こった。その声を聞き届けると、宗は彼女から離れて、静かに舞台の上に戻った。  約一時間ほどの講話を終えると、会場は三度、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。宗は静かに微笑みながら両手を広げると、聴衆に向かって深々と頭を下げて、舞台を後にした。舞台袖では仕えの者達が待ち構え、深々と頭を下げた後、宗の衣装をそっと脱がせた。その僅かな間に、宗の表情は舞台に上がる前の、ごく普通の青年の姿へと戻って行った。 「後講話、ご苦労様でした。」 初老の仕えの者がそう言いながら、宗を労った。そして、宗の傍らに並びながら、二人は長い廊下を歩いていった。 「どうかなさいましたか?。」 僅かだが浮かぬ表情なのを、仕えの者は見逃さなかった。 「・・いや、別に。」 一度は彼の洞察を拒んだが、暫く歩きながら、宗は再び口を開いた。 「ねえ、ボクはいつまで、こんなことをしないといけないのかな・・。」 いつもの愚痴だった。幼い頃より、全ての者に傅かれながら、宗はこの敷地内で育った。そして、病弱であった先代さ逝去した後、彼は若くして此処に集う者達を導く宗家として、後を継いだのだった。初老の仕えの者は、少し困った様子を見せたが、 「御殿様。先ほどもご覧になられたでしょう?。アナタに会う為に、アナタのお力に触れる為に、皆は遠方より此処に集っているのです。そして、そのことが、何よりも喜ばしいこととして、満ち足りた気持ちで帰って行くのです。」 そういいながら、宗の窮屈な立場を察しながら、いつものように宗の話し相手になってあげていた。しかし、 「ボクにはそんな力なんて無いよ。」 宗はいつものように慰めてくれる彼に、少し我が侭混じりで、反発した。 「ボクはただの人間さ。何も無い。何も無い、ただの人間さ。」 他の仕えの者ならば、宗がそのような言葉を発しようものなら、狼狽えて言葉の窮するだろう。しかし、 「ははは。そうですね。御殿様は、ただの人間かも知れません。だからこそ、皆が御殿様に惹かれるのです。」 初老の仕えの者は、優しい笑顔を浮かべながら、宗に伝えた。 「ただの人間。しかし、それだけではありません。あのように、御堂の舞台に立たれて、静かに威厳を放つ。そして、いつのまにか皆の心を、御掴みになられる。いえ、皆の心に、そっと寄り添い、そして、瞬時に皆を満ち足りた気持ちにさせてしまう。そのようなことが出来る者など、この世にそうはおりません。」 先ほどの宗の行いを、彼はいつものように舞台の袖から静かに見守っていた。そして、彼が見た有りの儘の事実を、宗に伝えた。其処には何の虚飾も無かった。宗は、彼が自分のことを買い被りすぎだという感慨も心の奥底では抱いていたが、幼い頃より両親に成り代わって自身お世話をしてくれている彼が、いつも自身に真実を語ってくれていることを、宗は理解していた。そして、 「・・・はあ。また今日も、逃げられない、か。」 そういうと、宗は仕方なさそうに溜息を吐きながら、初老の仕えの者の言葉に従った。 「はい。御殿様。」 にこやかな表情で、初老の仕えの者は宗に伝えつつ、頭を下げた。  物心ついたときから、宗は自分が同い年の子供達とは全く異なる環境に属しているのだと気付かされることが往々にしてあった。巨大な敷地の中にひっそりと佇む御殿。その行き帰りを、常に仕えの者達が付き従い、決して一人で外を歩くことは無かった。自分はまだ小さいというのに、大きな大人達は自分に対して深々と頭を下げる。最初からそんな光景しか見たことが無かった宗は、それが普通のことだと思っていたが、 「ねえ、宗君って、偉いの?。何でみんな、アナタに頭を下げるの?。」 屋敷に遊びに来た同級生が言った何気ない一言が、宗の心の中に懐疑心を抱かせた。 「え?、何でって・・。」 そんな景色以外を知る由も無かった宗は、当然言葉に詰まった。そして、 「そうか。ボクは、普通じゃ無いんだ・・。」 宗の心の中に比較という概念が深く刻まれた、初めての出来事だった。世間一般と自身の生活の違い、自分の周りにいる人達と自身の立場の違い、そして、そんな光景を当たり前と思っていた自身と、そのことを奇異な目で見つめる外の世界の人間達との違い。全ての違いという概念が、宗の心をさらに孤独な領域へと引きずり混もうとした。そんな中、 「ははは。若はいつも、深き世界に眼差しを向けておられますな。」 初老の仕えの者だけは、常に宗の傍らにいながら、忌憚の無い意見を述べてくれたのだった。 「深き世界?。」 「そうです。精神世界ともいいますが、人は心の中に、様々な考えや感情を秘めているものです。その深さは、人によってそれぞれ異なります。ですが、若の世界は、誰よりも深い。それだけに、多くの悩みをお抱えにもなるでしょう。ですが、新に悩み深き者こそが、その深さ故に、より多くの者を救うことが出来るのです。」 初老の仕えの者は、宗がいつしか信者達を率いて生きる運命であるということを、無意識のうちに学ばせようとしてはいたが、彼の言葉は紛れもない事実でもあった。長年、宗の家に仕え、そして、当主と共に裏方としてこの家を支えてきた彼にとっては、その全てが真実であった。すると、 「ところで、若、お腹は空きませぬかな?。」 そう言いながら、初老の仕えの者は宗の顔を覗き込んだ。 「うん、空いた。」 「ならば、はい。」 そう言うと、初老の仕えの者は上着の右のポケットから、小さな包み紙を取り出した。 「何?。」 「開けてご覧なさい。」 彼の言葉に促され、宗は白い包み紙をそっと開いた。 「わ!、お饅頭だ!。」 宗の目が一気に輝いた。厳格な宗の家では、決められた食事の時間以外に、食べ物を摂取するのは厳禁だった。こと甘露においては、祭事意外に容易に口にしてはいけないという教えがあった。宗の喜ぶ様子を、初老の仕えの者はにこやかに見つめながら、 「さ、人が来ぬうちに、お上がりなさい。」 そう促した。 「うん。有り難う。」 宗は他の者に見つからないように、急いで饅頭を口の中一杯に頬張った。 「んぐっ。」 慌てて食べたので、喉が詰まりそうになったのをまるで見計らったように、 「おやおや。さ、お飲みなさい。」 初老の仕えの者は、反対のポケットから小さなお茶のペットボトルを取り得出して、フタを開けるとすぐさま、宗に差し出した。 「ごくん、ごくん。」 幼い宗を優しい眼差しで見つめながら、初老の仕えの者は笑顔を絶やさず、常に傍らで見守っていた。 「さて、御殿様がお戻りになられる時間です。ぼちぼち参りましょうか。」 「うん。」 初老の仕えの者は、宗から包み紙とペットボトルを受け取ると、再びそれをポケットに仕舞って、宗の後ろに付き従った。そして、小さな背中に目を遣りながら、その歩みをしっかりと見つめていた。幼い歩みは、やがて迷いを知り、そして再び、真っ直ぐ歩むようになる。そんな未来の光景に想いを馳せながら、初老の仕えの者はどこまでも見守る決意でいた。  宗の父親は側近達の功績もあり、信徒を何処までも増やすことに成功していた。 「御殿様。政府より要人がお目にかかりたいとのことですが。」 「御殿様。門徒より集まりし資金の額故に、国税の者が参っておりますが。」 「御殿様。地方より訪れた信徒の者が、是非お目通りをと。」 絶大な影響力故、日参する者は後を絶たなかった。しかし、どんなに忙しい最中にあっても、宗の父親は順位を違えることは無かった。 「信徒の方は、どの部屋に?。」 「孔雀の間に御座います。」 「解りました。」 書斎に積まれた膨大な書類もそこそこに、宗の父親は簡単に身なりを整えると、足早に孔雀の間に向かった。 「お待ち下さい。御殿様。もう少し後衣装を整えられては・・。」 仕えの者がそう言いながら、正装の衣類を抱えて足早に後を追ってきた。すると、 「人は身なりに信心を持つものではありません。さ、急ぎましょう。」 父親はそういうと、仕えの者が襖(ふすま)を開けようとするのを遮ると、自らの手で静かに襖を開けて、 「よくぞお越し下さいました。」 と言いながら両手を少し広げて、部屋で待っていた信徒の人達に歩み寄った。 「おお!、御殿様。」 「御殿様!。」 「御殿様!。」 彼の姿を見た途端、部屋で静かに椅子に座っていた信徒達が立ち上がると、一斉に歓喜の声を上げて、瞬く間に彼を取り囲んだ。その中心には、半径一メートルほどの輪が出来、信徒達は潤んだ目で彼を見つめた。 「今日は遠路より遙々、ご苦労様です。さ、まずは祈りましょう。」 彼がそう言うと、信徒達は静かに頷いて、両手を合わせると一斉に目を閉じて祈り始めた。その様子を見て、彼も静かに目を閉じると、両手をかざしながら信徒達に祈りを捧げた。そして、暫し沈黙の後、 「さて、それでは、それぞれ思いの程をお話し下さい。」 彼がそう言うと、信徒達はまるで始めから順序を決めていたかのように、一人ずつ近況を訴えては、彼に救いを求めた。そして、一人一人にアドバイスを与えると、右手を信徒の額辺りにかざして祈った。窮状を訴えいる者も多かったが、彼が手をかざして祈りを終えると、まるで今まで悩んでいたのが嘘であったかのように、皆の顔が晴れ晴れとしていった。そんな様子を、中学校から帰ってきた宗は、襖の隙間から静かに眺めていた。思春期になり、父親の立場や責任をそれとなく理解はしていたが、それでも、一般の家庭とは異なり、毎日のように国家の要人や財界人が訪れたり、今目の前で繰り広げられているように、信徒の者に接する様子を、やはりどこか受け入れ難いものとして捉えていた。 「お帰りなさいませ。」 宗の後ろから、初老の仕えの者がそっと声を掛けた。 「あ、ただいま。」 いつものように挨拶を交わしたつもりだったが、何処か浮かぬ表情を察して、初老の仕えの者は言葉を続けた。 「気になられますか?、御殿様の行いが。」 彼の言葉に、宗は黙ったまま何も言わなかった。心を見透かされている驚きも幾分はあったが、宗と彼とは、常にそのような関係でもあった。それだけに、恥ずかしさを隠すときは、宗は無言を貫いた。しかし、 「父上は、日々をあのように忙殺されて、大変とは思わないのかなあ・・。」 小さい頃は、父親の職業が何かもよく分からず、あんな風にしているのがごく普通のことだと思っていた宗だったが、やはりこのような状況に置かれた人間が、どのような心理状態なのかを、宗も気にし出すようになっていた。すると、 「それが宿命で御座いますからな。御殿様は。」 初老の仕えの者はそう言いながら、宗の持っている鞄をそっと受け取った。 「宿命・・かあ。でも、そういうものって、自らで切り開きながら変えていくものではないのかな?。」 如何にも若者らしい疑問を宗は初老の仕えの者にぶつけた。すると、 「はい。そのように受け止めながら、立ち向かうことも御座いましょう。そして、何が可変で、何が不変なのかを、人間とは徐々に学ぶもので御座います。」 初老の仕えの者は、宗の疑問に答えることがまるで自身の使命であるかのように、キリッとしながら、それでいて、宗の成長を優しく見守るような眼差しで、そう答えた。 「ということは、ボクはまだ、可変領域の最中にいて、不変の何たるかを知り得てない、そういうことかな・・。」 と、まだまだ初老の仕えの者には敵わないというような表情をしながら、肩を竦めた。宗の言葉に、少し出過ぎたことを言ってしまったと感じた初老の仕えの者は、 「申し訳ありません。ワタシの言葉が少し過ぎました・・。」 と、恐縮しながら、宗を気遣った。すると、 「ははは。だからボクはあなたが好きなんだよ。忌憚の無い意見を、きっちりと話して、ボクに色々教えてくれる。」 宗は初老の仕えの者の肩をポンと叩きながら、自室の方へと歩いていった。初老の仕えの者は、宗の成長ぶりに、少し目頭が熱くなりながら、鞄を持って宗の後に付いていった。  数年後、事態は急を告げた。宗の父親が病に倒れたのだった。家の当主としてのみならず、信徒のを率いる者として責務を果たせない状態に陥ったのだった。宗派の理事の者達は、組織の今後について、日夜議論を重ねた。 「さて、こんな時だからこそ、皆が結束して、この難局を乗り切らねばなりませんな。」 「さよう。しかし、御殿の席を空白にしたままでは、組織の維持運営に支障を来します故、早急に後継者様を選ぶ必要が。」 「その通り。他の宗派も席巻してきている昨今、信徒を減らすことは、即ち、資金を失うこともなりますしな。」 「それどころか、政財界からの協力が、一気に得られなくなってしまうのも問題ですぞ。」 連日の会議は、次第に血生臭い言葉の応酬になっていった。当然、後継者には宗の名も挙げられているようだったが、彼には年の離れた兄がいた。故に、彼は自身にこの教団を任されるようなことが起きようとは、夢にも思っていなかった。 「どうなさいました?。」 宗は父の入院する病院から戻ると、自室には戻らずに、接客室に置かれた長椅子の端の方に、一人座っていた。それを不思議に思った初老の仕えの者が歩み寄ってきて、そっと声を掛けた。 「うん・・。みんな、父上の所に危篤を理由に足さえ運ばない。それよりは、此処をどう維持させるかで、頭がいっぱいなんだろうな・・。」 日頃、父親の世話になっている者達が、いざこのような状況になると、父親の病状よりも、こんな風に組織の利について語らうべく集う集団になってしまうのだと、宗は少し不満そうだった。すると、初老の仕えの者は宗の横に静かに腰掛けると、 「ま、皆の信仰心はワタシも疑いませんが、教団の維持運営は、仕事でもありますからな。」 と、ありのままを宗に伝えた。 「でも、アナタは理事会には加わらずに、毎日、父のところに見舞いに来てくれる。人の心というのは、そういうものじゃ無いのかな・・。」 宗は、長年、父のみならず自分のことも見守ってくれている彼に、全幅の信頼を寄せていた。それ故に、こんな時だからこそ、初老の仕えの者に是非とも理事のメンバーとして加わって欲しいと、そう考えていた。すると、 「若。ワタシは御殿様や若にお仕えすることが、自身の信仰を果たすことと、そう考えていましたし、今もそうです。ですが、今回の窮状は、色んな意味で一大事です。」 初老の仕えの者は、いつになく真剣な面持ちで、宗に語った。 「一大事?。」 「そうです。ですが、ワタシに一つ、考えがあります。いや、これはワタシからのお願いでもあるのですが・・、」 初老の仕えの者は、宗にそっと耳打ちをした。初め、宗は目をまん丸にして驚いた表情を見せたが、話の続きを聞くに従い、宗の表情が次第に真剣になっていった。  数日後、宗の父親はこの世を去った。速やかに盛大な葬儀が執り行われ、周囲の地域一帯が厳かな雰囲気に包まれた。そして、その三日後、教団の関係者をはじめ、信徒全員に対して、 「本日、午後一時より、新たな御殿様より、お言葉が賜られます。」 との知らせが届いた。その内容には、施設の敷地内にある大きな二つの建物である、東殿と西殿に後継者と目される二名がそれぞれ別々に待っているので、いずれが後継者に相応しいかを判断すべく、付き従うに値する者の元に集うようにとのことだった。そして、そのように後継者を決めるようにと言うのが、生前、宗の父親から内密に初老の仕えの者に伝えられていた言葉だった。理事の者達も、彼の教団への功績は十分承知していたので、亡くなった宗の父からの指示は、速やかに執り行われた。午前中、理事達は自信満々の表情で、宗の兄がいる東殿に彼を推すべく集まり始めた。そして、西殿には宗と初老の仕えの者だけが、祭壇の前に座っていた。 「これで、兄の光景の儀が、滞りなく執り行われるね。」 宗は初老の仕えの者の顔を横目で見ながら、微笑んだ。すると、 「若。全てはお導き次第で御座います。何が起きるかは、全く解りません。我々は、ただただ祈って、その時々を過ごすのみです。」 初老の仕えの者は得も言えぬ自信に満ちた表情を見せた。そして、両手を合わせて祭壇に祈りを捧げた。それを見て、宗も両手を合わせて祈りを捧げた。それからどれくらいの時が経っただろうか。二人が祈りに耽っていると、何やら後ろの方がガヤガヤしているような気がした。不思議に思った宗が眼を開いて後ろを振り返ると、何と、数千人の信徒達が一斉に祈りを捧げていた。祈りを終えた初老の仕えの者は、宗を促しながら、二人で立ち上がると、信徒達の方を向いた。 「お集まりの信徒の皆様。今此処に、新たなる御殿様が誕生致しました。」 その瞬間、堂内に割れんばかりの拍手喝采が起こった。宗は初老の仕えの者の方を見ながら、宿命を受け止める青年の眼差しになっていた。
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