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大将は店を後にした。もう金だけ置いて帰ろうかな…… しかし、こんなブタの餌にも劣るような食事をよくも出せたものだ。おれは大将がいないことをいいことに、その怒りをカメラの前でぶちまけてしまう。
「何だよこのコメは! トレーナーの袖に気が付かないうちに貼り付いたコメ並に硬いぞ! 噛んだ瞬間に『ガリっ!』って音したわ! 何時間放置すればこんなにコメが硬くなるんだよ! ガキの頃の歯のコンクールで入賞するぐらいに歯が丈夫じゃなかったら折れてるわ!」
おれは普段の動画では言わない罵詈雑言を並べ立ててやった。いつものように良い子ちゃんを演じて褒めている時よりも楽しく感じた。
その勢いに乗り、他のメニューへの不満もぶちまけてしまう。
「大体なんだよこの味噌汁は! お湯の中に豆腐とワカメが浮いてるだけじゃねぇか! 昆布やカツオで出汁を取らずに、水の出汁でも取ってんのか?」
おれはまずいものに文句を言っているだけで楽しく思えてきた。
普段はまずいものを食べても、適当に言い訳を見繕って悪くは言わないようにしているが…… この店の食事のまずさが別格過ぎて、我慢の限界が訪れたのかもしれない。
おれの毒舌は止まない。むしろ、舌好調だ。
「大体、何だよこのトンカツの衣の油臭さは!? 継ぎ足し継ぎ足しの秘伝のタレならぬ、継ぎ足し継ぎ足し秘伝の油か? こんなドス黒そうな油に揚げられる豚肉が泣いてらぁ! アジフライの衣も同じ味だ! 同じフライヤーで同時に揚げてるのか? オマケに骨はロクに取ってない! 喉に刺さったらどーすんだよ!」
おれは漬物の入った小鉢をカメラにつきつけた。
「それにこの漬物! 全く甘くない! 塩辛いだけだ! 自家製だかそこいらのスーパー特売品だか知らんが、カピカピのゴハンに全く合わない! 単品でも食べたくないわ!」
最後に水だ。正直なところ、この定食屋で一番美味しいと言えるもの。
ここは褒めておこう。
「この水は冷たくて美味しい! カピカピのゴハンが張り付いた歯や、油臭くなった口をスッキリとさせてくれる良い水だ! まるで歯磨きの時に口を濯ぐ水のようだ!」
ああ、スッキリした。マズイ定食を食べさせられた溜飲は十分に下がった。
おれがそう思った瞬間、大将が帰ってきた。その右手にはタバコ一箱。
大将はカウンターに座るとプカプカと紫煙を燻らせ始めた。そして、おれにニッコリとヤニで染まった真っ黄色な歯を向ける。
「すまんねぇ、ヤニ切れになると集中が切れて体が震えるもんでね」
「はぁ……」
おれは「終わってんな、この店」と、呆れながら帰路に就くのであった……
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