道化

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 おれはいつものように「おいしい店」を紹介しようと、一軒の定食屋へと入った。 いつ潰れてもおかしくない程に鄙びた昔ながらの定食屋である。店の大将が趣味でやっている店と言った感じだろう。  大将も「宣伝になるなら」と動画撮影を了承。おれのチャンネル名や再生数を聞いて零細動画投稿者と判断して動画撮影を拒否してくる店が増えてきているだけに心の温かい人はまだいるんだなぁと随喜の涙を流してしまった。 余談だが、動画撮影を拒否した店は別の大手グルメ系動画投稿者にPR案件の食レポ動画を依頼している。おれはその動画を観た時に悔恨の涙を流してしまった。  その定食屋であるが、総じてマズイものだった。 ゴハンはカピカピ、炊いたコメを暫く放置していたのか服にくっついたコメのように硬いものがチラホラと。 味噌汁はお湯、豆腐とワカメが入っているだけで味噌の味は微塵もしなく出汁の味は皆無。 メインディッシュのトンカツは衣の油が古いのか極めて油臭い、ソースをドボドボにかけて油臭さを誤魔化してやっとだ、アジフライもついていたのだが使っている油がトンカツと同じせいで同様、しかも骨が多くて極めて食べにくい。 漬物も塩の味しかせずに甘みは皆無。 美味しく感じるのは水だけ、氷が大量に入っておりキンキンに冷えているためにそこらの水道水をピッチャーに入れてたものであっても気が付かないだろう。  褒める要素が水しかない…… おれは動画撮影を中止して家に帰りたいと本気で思っている。このぐらいにこの定食屋の食事はマズイものだった…… 今回の動画はお蔵入りにしようと決めた瞬間、大将がおれに話しかけてきた。 「お客さん。すぐ帰りますんで、少しだけ店にいてもらってもいいですか? 誰かお客さんが来たら店の中で待つように言って貰うだけでいいんで」 このマズさで客来るのか? おれはそう言いたくなるも、大人としての常識で口を噤む。
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