0人が本棚に入れています
本棚に追加
『今日未明、坂山市栄町にある森ノ宮公園の森林で身元不明の女性と思われる遺体が見つかりました』
カーラジオから流れてくるニュースを聞きながら、「またか」と呟いたのはベテラン刑事の松野さんだ。
緑豊かなのどかな街である坂山市に連続殺人が起こったのは、俺が赴任して2ヶ月を過ぎた頃だった。
「栄町あたりは、最近じゃ爆音の車が走ってるから。治安が悪くなるって住民からの声で、毎週、毎週、自治会長や自治会役員が集まって話し合いをしてるらしい」
50過ぎて電子式のタバコを吸わせられた松野さんは、車の窓を開けて副流煙を吐き出した。
「結局、車検に通るマフラーだろ?わしらも暇じゃないのに、見張って何の意味があるんだよなーー。羽村」
「確かに、そうですよね。車検通るマフラーをつけられてたら、注意するしか出来ないですもんね」
「だろう?結局、注意したところで、相手はその車に乗るんだよ。だから、こうやってわしらが呼ばれるんだよ」
「ほんと、警察は便利屋じゃないですよね」
「そうなんだよ。だから、本当に腹が立つよ」
今日も、俺達は近隣住民からの通報を受けて、爆音の車の持ち主に注意をしに行く。
注意をするといつも松野さんと俺は、そいつらから怒鳴られるのだ。
「あいつだな!しかし、あれだな。何で、あんな車を乗ってるやつの隣には綺麗な姉ちゃんがいるんだろうな」
「本当ですね」
「じゃあ、来たから行くか」
「すみません。松野さん先に行っててもらえますか?電話で」
「はいはい」
胸ポケットに入れているスマホのバイブがブーブーとうるさいから、俺は電話に出た。
「はい、羽村です」
「やっと繋がったよ。松野さんは、一緒か?」
「あっ、今、注意に行ってまして。代わりましょうか?」
「いや、いい。あのな、羽村」
「何でしょうか?」
「今回発見された女性の遺体も、手と唇がなかったらしいんだ」
「またですか」
「ああ。どうやら、犯人が集めてるんじゃないかって話でな」
「遺体の一部を探せって連絡ですか?もしかして、犯人、この近くにいるんですか?」
「ああ。いるんだよ」
課長の言葉に背筋が凍りつく。
「羽村、遅いな!もう注意してきたぞ」
「あっ、すみませんでした。あっ、忘れてた事あったんで、もう一回行ってきていいですか?」
「えっ?もう一回?わしは、疲れたから座ってるぞ。でも、何で行くんだ?」
「あっ、ああ。さっき課長から指紋とってて欲しいって。何か、近くで暴行事件があったらしくて、その犯人の車に似てるとかで」
「へぇーー。珍しいな、課長がわしじゃなくて羽村に掛けてくるなんて」
「そうなんですよね。珍しいですよね。じゃあ、ちょっと行ってきます」
「はい、はい」
松野さんは、ポケットから電子タバコを取り出して吸い始める。
俺は、急いで階段を駆け上がった。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
「はーーい」
赤いマニュキュアの指先は、長くて綺麗で。
ポッテリとした唇は、ピンクの口紅がひかれてまるでたらこだ。
「あっ、警察です」
「えぇ。またーー。翔ちゃん、お風呂入ったんだけど」
嫌そうな顔をした女は、髪をゆっくりかきあげる。
その瞬間、ほのかにローズの匂いがした。
俺は、カタカタと震える手で警察手帳を取り出す。
「あ、あの。指紋が欲しいんで、奥野翔さんを呼んできていただけますか?」
「ええ。もう、ちょっと待ってね」
女が家に入ったのを見届けてから、課長に連絡をする。
「どうした?」
「あ、あの。今回の女も」
ガタガタと不自然な程に、歯が鳴るのを止められない。
そんな俺と違って、課長は冷静だ。
「じゃあ、もう少し引き伸ばせ」
何をどう引き伸ばせばいいのかわからない。
「今、礼状が降りて、家宅捜索に向かってる」
「どれくらいですか?」
「30分はいる」
「30分もですか?」
「仕方ないだろう。犯人が集めているコレクションを見つけなければ、犯行は立証できないんだから」
課長に言われても納得なんかできない。
でも、引き伸ばすしかなかった。
幸い、男はお風呂に入っていて十分な時間はとれる気がした。
「とにかく、頑張ってくれ羽村」
課長が電話を切った。
男の指紋をとりたいけれど、なかなか戻ってこないから、下を見つめる。
停まった車の助手席から、足を出している松野さんが見えた。
今日を逃せばチャンスはない。
どうしても、俺は引き伸ばさなくちゃならない。
だって……。
それは……。
犯人がこの近くにいるのか尋ねた時に言われたから、「お前の隣にな」って……。
最初のコメントを投稿しよう!