虹の二皿

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 日曜日、自宅から徒歩10分の距離にある店だ。  軒先にある看板に書かれた店名は「魔法の美味しいパティスリー マキ」。   淡いクリーム色の壁に、落ち着いたトーンのブルーのオーニングテントの、こじんまりした店だ。明るく愛らしい印象を抱きつつ、シックな色合いによって心穏やかに過ごせそうな期待を持てる。  いや、実際に期待通りの店だ。  この店には、何度も何度も通ったからわかる。私は、いわゆる常連客なのだ。  小銭の詰まった小瓶を手に、ドアを開ける。するとドアベルが高らかに鳴り、店員が明るい声で挨拶をしてくれる。 「いらっしゃいませ、松平さん! いつもありがとうございます!」 「……うん。世話になるよ」  私の手の中に小瓶をちらりと見て、店員はにこりと笑った。そして「こちらへどうぞ」と、予約していた席へと案内してくれた。  歩きながら、店内を見回す。やはり、女性客が多い。いつもとは違うテーブル配置になっていて、いつも以上に客が歩き回っている。  皆の目的は一つ。入り口近くに設置された一番大きなテーブルに並ぶ品々だ。並んでいるのはもちろん、色とりどりのスイーツ。  普段はショーケースに並んでいるものを店員が取ってくれるのだが、今日は違う。  今日は、月に一度のケーキバイキングの日なのだ。  毎月、第4週の日曜日だけ、この店ではスイーツ食べ放題のイベントを開催する。もちろん近隣住民には大変な人気で、要予約の競争率の高いイベントになっている。  平日もこの店にはよく来ていたが、当然ながら、このケーキバイキングにも何度も来たものだ。妻が毎日コツコツ小銭を貯め、月に一度のご褒美だと言って、連れてきてくれたものだ。  店員は、店の一番奥のテーブルへ案内してくれた。他のテーブルやついたての影になって、あまり他の客から見えない場所だ。その分、入り口から遠いので、ケーキを採りに行くタイムロスにはなる。なので店員は申し訳なさそうな顔をしていたが、私は、ありがたかった。 「いつもありがとう」  そう言うと、店員は安心したように笑い、注文を聞いてくれた。 「今日はケーキバイキングの日です。ケーキは入り口のテーブルからセルフでお取り下さい。お飲み物とコップも、近くにあります。ご存じですよね」  私が静かに頷くと、店員は若干、声を潜めて尋ねた。 「今回も……2つ、ですか?」 「ああ、迷惑でなければ」 「とんでもない。いつも、ありがとうございます」  そう言うと、店員は下がっていき、すぐに戻って来た。手にしたお盆には、水の入ったコップと空の皿……それぞれ2人分が載っている。  皿は一人一枚。この皿に、ケーキを載せていくことになっている。  私一人が座るテーブルに、皿は二枚。他の客が時折怪訝な視線を向けるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。店員は、皿を置いた後、小さな可愛らしいタイマーをテーブルに置いた。 「では、お時間60分となっております。ようい……スタートです」  店員は、カチッとタイマーのボタンを押す。「60:00」の時間が、その瞬間から減っていく。  私は両手に一枚ずつの皿を持ち、女性たちの間をすり抜けるようにして歩いて行った。
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