虹の二皿

3/10
前へ
/10ページ
次へ
「うぅむ……」  ケーキ用のトングを手に、しばし唸っていた。制限時間を考えれば考えるよりも咲に動くのが望ましいが、どうしても悩ましい。  このケーキバイキング、回を追うごとに人気が増し、並ぶメニューも増え続けている。今回は、先月よりも更に品数が多い。いったいどのケーキから食べるべきか……。  ケーキ類は、普段は概ねホールケーキを10カットにしたものが並んでいるが、今は約5cm四方の正方形にカットされ、いつもよりも多く置かれている。  どんな種類も、いくつでも、手に取りやすいように小さくカットされているのだ。まさしく食べ放題というわけだ。  だからこそ、最初の一手に迷う。こういうのは、初手が肝心なのだ。  最初に食べた味が印象に残り、その後一日の余韻に影響する。どれを食べようとも、やはり最初の一つだけは絶対に失敗したくない。だがしかし、いつも同じでは味気ない。  テーブルの隅から隅まで視線を巡らしていると、どれもが初手に相応しく見え、そしてどれもがあと一歩足りないように見えてしまう。  はて、どうするべきか……もう一度唸っていると、横からひょいっとケーキトングが伸びてきた。 「これ、来月からの新作のお試しだって。食べてみよ!」  そう言って、横にいた女性が目の前にあるケーキを掴んだ。一番近く……眼下にあって見落としていた。確かに、今ではなく、来月から並ぶとポップに書かれている。これは、挑戦せねば。  女性が自分のテーブルに戻ると、私は目の前にあるケーキを一つ掴み、皿に載せた。ネームプレートには、『栗のプリンケーキ』と書かれている。ショートケーキの生地の上にプリンが載って、その上に3分の一程にカットされた栗とクリームが飾られている。(あで)やかな栗の色に、心惹かれる。  さて、初手は決まった。だが一つだけで終われはしない。それ以外は、心の赴くままに手を……いやトングを伸ばそうじゃないか。  イチゴショート、抹茶シフォン、フルーツタルト、モンブランに、チョコレートコーティングされたオペラ……他にも、まだまだ。テーブル上が、虹を描いているような様に、嬉しい迷いが生じてしまう。 「……よし、では次は……」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加