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今、座っている席の真上に、ライトがついている。真っ直ぐに私とテーブルの上のケーキを照らし続けているのだが、そのおかげで、なんとも神々しい光を生み出している。
均一に塗られたチョコレートコーティングが、ライトの光を跳ね返している。その様が、朝日のような、上質なビロードのような、もしくは薄氷のような、繊細な美へと昇華されている。
我ながら大袈裟かとも思ったが、角度を変えてみると何度でもそう思ってしまうのだ。
はたと我に返り、フォークをそっと、その中に差し込んでみる。
シックで落ち着いた色合いは、物質的な硬さを想定してしまうが、フォークはすんなりと沈んでいく。柔らかくフォークの侵入を受け止めた生地は、表面と同じくらいシックな色をしている。
生地は二層に分かれている。その秘密を知っているからこそ、切り分けることなく、まるごと一気に口に放り込む。
やはり、想定通りの美味しさだ。
今まで何度も味わった美味しさを、今月もまた、噛みしめる。
表面のチョコレートがしっとりして少し粘着質。つまり、ほどよく 甘みと苦みが舌に絡みついて、その味を、これでもかというくらい沁みこませてくれるのだ。
チョコレートがようやく流れていくと、今度はショコラ生地だ。今度は甘みが強め。といっても控えめであっさりした甘みだ。先ほどの甘みの後にはちょうどいい。そして何より、次に迫り来る味のクッションになってくれるのだ。
控えめな甘さとほんの少しのクリームの味、それらがすぎると、今度は更に濃厚なチョコレートの味が押し寄せた。
ほんの少しラムを効かせた、ビターテイストのショコラ生地だ。しっとりとして柔らかく、咀嚼と共に味と香りが爆発的に広がる。口の中が、一気にチョコレート一色に塗り替えられていくのだ。
「ああ、この味の爆発……たまらない」
思わず、口に出てしまっていた。
クスッという声が、聞こえてきそうだ。
今のように思わず呟くと、妻が可笑しそうに笑っていたから。だが、その声は聞こえない。 もう、聞こえないのだ。
「さて、では君の番だな」
そう言って、向かいに置いていたもう一皿をたぐり寄せる。
こちらにもいくつもの色とりどりなケーキが並んでいる。こちらは、妻が好きだったもの、好きそうなものを取ったつもりだ。
食べる人物が座っていないため、私がすべて味わわせて貰う。
今日は、月に一度のご褒美の日。楽しむのは、私一人ではないのだから。
「さて、どれから食べようかな」
妻なら、どれから食べるだろうか……そう思って、私はフォークを伸ばした。
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