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これは、驚き…
まさに、驚きだった…
まさか、お義父さんが、葉問を好きだったとは、思わんかった…
夢にも、思わんかった…
むしろ、お義父さんは、葉問を嫌っていた…
葉問の存在を、決して、認めなかった…
しかしながら、本物の葉問を、お義父さんが、好きだったというなら、それも、わかる気が、する…
あの葉問は、ニセモノと、言えば、言い過ぎだが、ホンモノではない…
葉尊が、作り出した幻影というか…
あくまで、葉尊のカラダを借りた、存在だからだ…
仮に、ホンモノの葉問と、瓜二つの存在だと、しても、認めることは、できない…
いや、
認めてしまえば、ホンモノの葉問を否定することになる…
おそらく、お義父さんは、ニセモノの葉問に惹かれる自分を、恐れるあまり、わざと、ニセモノの葉問に冷たく接した…
それが、真相だろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、葉尊は、自分が、父親の葉敬に好かれていないから、わざと、葉問を蘇らせた…
自分のカラダを使って、無意識に葉問を蘇らせた…
少なくとも、葉敬は、そう、葉尊を見た…
自分の息子を見た…
そういうことだろう…
そして、その一連のやりとりを、このリンは、唖然とした表情で、見ていた…
まさか、自分が、この矢田を目の敵にして、嫌がらせを繰り返した結果が、こんな展開になるとは、予想だに、しなかったろう…
当たり前のことだ…
そして、話が、横道にそれたことは、葉敬にも、わかっていた…
これも、当たり前だった…
「…少しばかり、話が、横道にそれたようだ…」
と、リンを睨みつけながら、葉敬が、言った…
「…リン…お姉さんに、嫌がらせをするのを、キミに命じたのは、葉尊だね…」
葉敬が言う…
いや、
葉敬が、決めつけるように、言った…
リンは、ジッと、葉敬を、見た…
葉敬を睨むように、見た…
いや、
葉敬を睨むと、言うより、葉敬の顔をまっすぐに、見ていた…
蛇に睨まれた蛙ではないが、葉敬に睨まれ、自分から、葉敬から、目が離せないように、思えた…
ただ、ジッと、無言のまま、葉敬を見つめていた…
すると、業を煮やしたのか、葉敬が、
「…その服だ…」
と、いきなり、リンの服装を言った…
私には、なにが、なんだか、わからなかった…
どうして、葉敬が、いきなり、リンの服装に、言及するのか、わけが、わからなかったからだ…
「…その服装が、誰と被るかは、言うまでもない…」
葉敬は、そう言いながら、リンダを見た…
ハリウッドのセックス・シンボルを見た…
これには、リンダも仰天した…
リンダも、驚いて、リンを見た…
それから、リンダが、
「…私? …私を意識して?…」
と、呟いた…
「…その通りだ…」
葉敬が、答える…
「…そして、それも、葉尊の入れ知恵だろう…」
「…葉尊の入れ知恵?…」
と、リンダ。
「…そうだ…つまりは、このリンに、リンダと同じ格好をして、やって来いと、葉尊が、命じたわけだ…」
と、葉敬…
「…葉尊が、命じる? …どうして、そんなことを?…」
「…葉問を、誘惑するためだ…」
「…葉問を誘惑?…」
「…葉尊は、葉問が、リンダ…オマエを好きだと、思っている…だからだ…」
「…そんな…」
リンダは、どう答えていいか、わからんかった…
なぜなら、リンダは、葉問が、好き…
しかしながら、葉問が、自分を、好きではないと、思っているからだ…
それが、葉問が、リンダを好きと言ったので、どうして、いいか、わからんかったのだ…
正直、嬉しいには、違いないが、あまりにも、突然、そんなことを、言われたので、どうして、いいか、わからん様子だった…
そして、そんなことを、私が、考えていると、葉敬が、
「…葉問は、私にとって、生きがいだった…」
と、しみじみ、言った…
「…幼い葉問は、私にとって、生きがい以外の何物でも、なかった…会社は…台北筆頭は、葉問に継がせるつもりだった…」
葉敬が、仰天の事実を言う…
「…そして、それは、おそらく、幼い葉尊にも、わかっていたはずだ…子供は、大人が、思っている以上に、鋭い…自分より、弟の葉問を私が、溺愛していることに、幼い葉尊は、容易に、気付いていたはずだ…」
「…そんな…」
と、リンダ。
「…だから、葉尊は、葉問をあんな目に…」
葉敬が、言う…
実に、悔しそうに、言う…
これは、私は、驚いた…
実に、驚いた…
実に、仰天の告白だったからだ…
そして、その告白を、リンも、驚いた表情で、見ていた…
目を見開いて、葉敬を、凝視していた…
それから、ゆっくりと、
「…まさか、会長が、葉尊さんと、不仲とは…」
と、ため息混じりに、呟いた…
心底、驚いた様子だった…
そして、それを、見ていた、バニラが、
「…葉敬は、どうして、わかったの?…」
と、直球の質問を、した…
葉敬の愛人であり、事実上の妻である、バニラでなければ、できない直球の質問だった…
「…アラブの至宝だよ…」
と、いきなり、葉尊が、言った…
これには、私も仰天した…
まさか、この場面で、アラブの至宝の名前が出てくるとは、思わんかったからだ…
「…葉尊の率いるクールも、私の率いる台北筆頭も、アラブの至宝と呼ばれた方のおかげで、アラブ世界で、驚異的に、売り上げが、上がった…すべては、アラブの至宝と呼ばれた方のおかげだ…」
葉敬が、しみじみと言う…
「…しかしながら、アラブの至宝と呼ばれた方が、誰だか、わからない…私は、これまで、会ったことが、ない…だから、一度お会いして、礼を言いたいと、思って、葉尊に言ったのだが…」
葉敬が、説明する…
「…だが、明らかに、葉尊は、アラブの至宝と呼ばれた方と、面識があるはずなのに、一向に、私に会わせようとは、しない…」
葉敬が続ける…
「…そして、今回、このリンと、いっしょに、来日することになり、それを、葉尊に伝え、ついでに、アラブの至宝と呼ばれる方に会わせてくれと、頼んだのだが、それも、無視され…」
葉駅が、説明する…
私は、それを、聞いて、仰天した…
まさか…
まさか、葉尊が、アラブの至宝のことを、お義父さんに告げないことが、このリンを疑うきっかけになるとは、思わんかったからだ…
まさか、そんなことが…
まさか、そんなことが、原因で、葉敬が、葉尊を疑うきっかけに、なるとは、思っても、みんことだったからだ…
だから、驚いた…
驚いたのだ…
すると、葉敬が、
「…私は、アラブの至宝と呼ばれる方に、お会いしたかった…お会いして、礼を言いたかった…しかし、それを、葉尊が…」
と、実に、悔しそうに、続けた…
それを、聞いて、今度は、リンが、仰天した…
いや、
明らかに、仰天したように、見えた…
「…アラブの至宝…」
と、呟いて、目を見開いた…
「…その名前は、聞いたことがある…たしか、アラブ世界に、君臨する、影の実力者…」
リンが、言う…
仰天の言葉を言う…
そして、その言葉で、私は、リンの正体の片鱗が、見えた気がした…
なぜなら、ただの台湾のチアガールが、アラブの至宝を知っているはずが、ないからだ…
やはり、このリンは、C国のスパイか?
私は、思った…
思ったのだ…
が、
誰も、今のリンの発言に突っ込む者は、いなかった…
あるいは、リンの正体に気付いたのかも、しれんが、誰も、今のリンの発言に突っ込む者は、いなかった…
かくいう、この矢田も、突っ込まんかった…
なぜなら、証拠が、ないからだ…
なにも、証拠がないからだった…
だから、この矢田も突っ込まんかった…
突っ込まんかったのだ…
そして、この葉敬の来日の一日目は、これで、終わった…
正直、わけのわからん展開というか…
思ってもみん展開だった…
まったくの想定外の展開だった…
私は、ただ、仕事で、忙しい夫の葉尊に代わって、台湾から、来日する、お義父さんを、出迎えに、空港に、行っただけだった…
それが、こんな展開になるとは、思っても、みんかった…
夢にも、思ってみんかったのだ…
結局、私は、その日、家に帰った…
あくまで、私の目的は、台湾から、来日した葉敬を出迎えに行くことだったからだ…
葉敬を出迎えて、家に連れてきて、泊まって、もらうつもりだったからだ…
しかしながら、葉敬は、大勢の取り巻きを連れて、来日した…
だから、自分だけ、この家にやって来ることは、できんかった…
それゆえ、来日した葉敬は、大勢の取り巻きと共に、帝国ホテルに泊まった…
帝国ホテルは、葉敬の定宿だった…
台湾の大実業家の葉敬が、来日したときの、定宿だったのだ…
私は、ひとり、トボトボと、電車に乗って、自宅に戻った…
いや、
一人では、ない…
途中まで、リンダもいた…
リンダ・ヘイワースもいた…
なぜ、私とリンダが、いっしょに帰ったのか?
それは、リンダも、私も葉敬の家族では、ないからだった…
いや、
厳密には、私は、家族だ…
なにしろ、葉敬は、私の夫の父…
私の義理の父だからだ…
だから、厳密には、家族だ…
ただ、葉敬にとって、家族は、むしろ、バニラと、マリアだった…
バニラは、葉敬の事実上の妻…
マリアは、葉敬の娘だからだ…
だから、家族だった…
葉敬の家族だった…
それゆえ、家族でない、私とリンダは、帝国ホテルから、去った…
去ったのだ…
そして、リンダもまた、仕事があるとかで、途中で、別れた…
だから、私は、一人で、トボトボと、家に帰った…
正直、家に帰る足取りが、重たかった…
まさか、葉敬が、葉尊を嫌っているとは、思わんかったからだ…
まさか、葉敬=お義父さんが、私の夫の葉尊を嫌っているとは、思わんかったからだ…
だから、足取りが、重かった…
正直、気が重かった…
自宅に戻って来た葉尊と会って、どういう対応をするのか、悩んだ…
どういう顔をして、会って、いいのか、悩んだのだ…
そして、そんなことを、考えながら、自宅に戻った…
家に、戻ると、当たり前だが、誰も、いなかった…
この家は、私と葉尊の二人暮らし…
夫の葉尊は、当たり前だが、夜にならなければ、自宅に帰って来ない…
だから、誰も、いなかった…
いなかったのだ…
私は、家に入ると、ため息をついた…
意識せずとも、自然にため息が出た…
今夜、これから、帰って来る葉尊と、どんな顔をして、会おうか?
それを、考えるだけで、気が重かった…
重かったのだ…
<続く>
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