わがまま

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 何よりも大切なあなた。  あなたの長いようにも短いようにも思える人生の中で、傷付く毎に、そして老いて自由をひとつずつ失う毎にあなたが落としたものがある。  時に血に汚れ、時に涙で濡れ、時に諦念の静かなため息に紛れて落ちたそれの存在を、あなたはきっと知らない。  あなたを長く見守り、途中からつれあいとして傍らに在った私は、あなたから落ちたそれを拾い上げて、こっそりと集めていたのです。  あなたの落としものとは何か。  それを言葉で示すのは些か難しいのです。  琥珀色に煌めく、白銀の糸屑。  それを"命の破片"と呼ぶべきか、もしくは"寿命の灰"と呼ぶ方が正しいのかは、私では判断できません。  ああ、心配はご無用です。命だ、寿命だ、と表しましたが、多少、これらが落ちたとて、それで寿命が劇的に縮むわけではありません。  人の一生で落ちるそれの量なんて、個人で多少の誤差があるとて、どれも許容の範囲内。寿命を大きく左右してしまうほどにそれが落ちることの方が、寧ろ稀なのです。  大切なあなた。  あなたが落としてしまった白銀の糸屑は、私が拾えるものはすべて拾って寄せ集め、私の命もほんの少し混ぜ込み、紡いで撚って、糸にしています。  琥珀色に煌めき、角度によっては薔薇色や水色などの五色の光を讃える白銀の糸は、"運命"という名の蝋を塗り、いつでも使しておきました。  大切で、離しがたいあなた。  不死の母親と歪んだ輪廻を生きた父親を持つ"バケモノ"であり、現存する稀少な魔法使いたるこの私が紡いだ白銀の糸はあなたの寿命を延ばします。……とはいえ、ほんの僅かな時間だけですが。  この、あなたの命であり、寿命でもあった糸屑をせっせと集め、紡いだ理由はね、なんてことはないのです。  あなたがその生を突然、終えることとなったとき、もしも私が間に合わなければ、この糸を使わせていただけませんか。  設けた時間で、あなたに「また逢いましょう」と、どうしても伝えたいのです。  私はたったそれだけの――けれども何よりも重要な約束をする為に、あなたの傍で最期の時間をいただけるチャンスを集め続けたのですから。  だから、どうか。
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