涙味のファーストキス

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開け放した窓からの初夏の風が、あたしの短い髪を揺らし、首筋をなでる。 ラフマニノフの2番は特別大好きな曲た。 冒頭のピアニッシモを限界まで広げた両手の和音で、交互に弾いていると、背筋が伸びてくるような気がする。郷愁を誘うメロディを支える技巧は半端なものではなく、一瞬たりとも音楽に酔うことができない。 それは、きっとまだあたしが未熟だから。一生懸命弾いているうちは、この曲に見合う雰囲気なんて出せていないんだろう。 ピアノの音の連なりが、一人の音楽室に満ちている。 音大の受験まで、もう間もない。あたしには身の丈にあっていない夢だとは、わかってはいる。 「前原」 曲が終わったと同時にあたしの名が呼ばれた。 「あれ? 倉本くん。今日、部活なかったの?」 そこに立っていたのは長身眼鏡で、インテリ風の外見とは裏腹な、飾らない性格が女子に人気の倉本くん。 「違うけど」 彼は視線をまっすぐあたしに向けた。 あたしの通う渚総合高校は、一般入試のランクもそれなりだけど、一芸に秀でている者は別枠受験が用意されている。 芸術系もスポーツ系も別枠受験が多いみたいだ。彼、美術部の倉本くんも、美術で中学の時からいくつも賞をとって、別枠で入ったらしい。

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